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<title>何か吐いてみる</title>
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<description>乙式、主に暇人干身がだらだらと萌えに任せて吐き出す場所です。創作戦国について主に吐き出しています。同人、腐要素、注意報常時発令中です。</description>
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<title>お茶を濁す行清</title>
<description> 　フロイスの『日本史』に勝永(だろうと思われる男の子)が出てきて、一人によによしてました。可愛いよ可愛いよ、十一、二歳で馬に乗って大勢の家臣を引き連れやってくる勝永可愛いよ。きっと大真面目にびしっと決めながらやってきたんだろうなぁ、やら妄想してしまうと止まりません←　　それから、官兵衛のイメージが何か、大分変わってしまったと言いますか……ばりばりのキリシタンというイメージに……。長政は何だかインテリです
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<![CDATA[ <span style="line-height:23px;"><br />　フロイスの『日本史』に勝永(だろうと思われる男の子)が出てきて、一人によによしてました。可愛いよ可愛いよ、十一、二歳で馬に乗って大勢の家臣を引き連れやってくる勝永可愛いよ。きっと大真面目にびしっと決めながらやってきたんだろうなぁ、やら妄想してしまうと止まりません←　<br />　それから、官兵衛のイメージが何か、大分変わってしまったと言いますか……ばりばりのキリシタンというイメージに……。長政は何だかインテリです。な、長政の頭が良さそう、だと！フロイスの誇張表現もあるとは思いますが、妻や主だった重臣を全てキリシタンにしたい！と言っていた長政の重臣なのに、改宗した痕跡の見られない又兵衛について←　ただ、黒田家自体、キリシタンの家臣がたくさんいるというイメージが無いのですけども。右近さんとか小西らへんの家臣は総キリシタン！という偏見がありますが(お前)　信仰を守り続けたらしい官兵衛の黒田家ですから、明石さんが関ヶ原の後黒田家のお世話になったというのは、ここら辺が関係しているのかなぁとちょっと思ったりしたのですが、どうなんでしょう。それにしても、官兵衛への秀吉の言葉攻めに、きゅ、きゅんと…あれは間違いなく言葉攻めです。あれか、秀→官か。秀→官なのか。「お前がキリスト教なんて信仰しているから、俺はお前に与えるはずだった領地を減らしたんだぞ」ということを再三官兵衛に言う秀吉っていうことはつまり、さっさとキリスト教を捨てて俺に忠誠を誓えば可愛がってやると、そういう意mげふんごふん。畜生萌えるな！<br /><br /><br />　そしてすみません！行清集中更新期間に突入…と行きたかったのですが、課題やら原稿やらでちょっとすぐの更新は難しくなってしまいそうです。ですので集中更新期間に突入するまでSSS崩れでお茶を濁してしまおうかと…すみません！<br />　追記に、時間軸不明な行清でSSS崩れを放っていきます。いつも通りの病んだ二人です。<br /><br /><br /></span>　 ]]>
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<dc:subject>SSS</dc:subject>
<dc:date>2009-11-25T01:45:09+09:00</dc:date>
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<title>雑多に色々</title>
<description> 　結城権佐という人が気になっています。秀頼の乳母筆頭だった右京大夫さんの息子という説のある人なのですが、何だこの情報の無さ……！重成糺と、秀頼の乳母二人(宮内卿さん正栄尼さん)の息子が登場しているのに、筆頭の息子がいなくてどうする！と思い立ったらまさかの挫折感です。『山口休庵咄』に、牢人の一人として結城権之助という人の名前があるのですが、もしかしたら結城権佐と同一人物なのかも…？な淡い期待を抱き続けま
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<![CDATA[ <span style="line-height:23px;"><br /><br />　結城権佐という人が気になっています。秀頼の乳母筆頭だった右京大夫さんの息子という説のある人なのですが、何だこの情報の無さ……！重成糺と、秀頼の乳母二人(宮内卿さん正栄尼さん)の息子が登場しているのに、筆頭の息子がいなくてどうする！と思い立ったらまさかの挫折感です。『山口休庵咄』に、牢人の一人として結城権之助という人の名前があるのですが、もしかしたら結城権佐と同一人物なのかも…？な淡い期待を抱き続けますよ！<br />　どうでも良いですが『落穂集』にちょいちょい、米村権右衛門物語るに～な文が出てきてきゅんときます。三人衆が五人衆になったよ！という話も、米村権右衛門物語るに～で始まる話ですし。その話の中で、治長が三人衆に又兵衛と明石さんを加えて五人衆にして、色々相談に乗って欲しいと考えていた、とあるのは、本当に米村さんが語った話だとするなら、米村さんならではの話かなと。何だか治長、米村さんには心中を漏らしていそう。治長と米村さんの主従を妄想するだけで、二十四時間が過ぎていきます(お前)　恐らく士分ですらなかった(多分小者かそれ以下か)だった米村さんを士分に取り立てて、更に家老にまで取り立てるに至るまでの経緯を妄想するのに、二十四時間じゃ足りません←　あと、国島さんをどうやって召し抱えたのかも気になります。秀長様じゃなくちゃ嫌だし！と大和豊臣家出て行った国島さんですから、何かこう、サプライズパーティ的なもので？(治長を何だと)<br />　あ！最後になりましたが、幸村＋糺の話をアップしました！ぴょんは正義！<br /></span> ]]>
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<dc:subject>戦国的な</dc:subject>
<dc:date>2009-11-23T01:45:38+09:00</dc:date>
<dc:creator>乙式</dc:creator>
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<title>恵瓊さんとか</title>
<description> 　講義で『三宝絵』についてちょろっとやったのですが、某聖なるお兄さんのはんぺん系の方が頭をちらついて離れませんでした(…)　というのは置いておきまして、戦国の坊さんズも読んでいたのかなぁと思うと、ちょっと感慨が。どちらかというと『往生要集』の方を読んでそうですが。『往生要集』の地獄の話を延々何週も続けてされたせいでそろそろげんなりきていたので、内容が『三宝絵』に移ってくれてほっとしています。地獄の話
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<![CDATA[ <span style="line-height:23px;"><br />　講義で『三宝絵』についてちょろっとやったのですが、某聖なるお兄さんのはんぺん系の方が頭をちらついて離れませんでした(…)　というのは置いておきまして、戦国の坊さんズも読んでいたのかなぁと思うと、ちょっと感慨が。どちらかというと『往生要集』の方を読んでそうですが。『往生要集』の地獄の話を延々何週も続けてされたせいでそろそろげんなりきていたので、内容が『三宝絵』に移ってくれてほっとしています。地獄の話はもう十分ですよ！殿下は確実に堕ちるな、ということしか分からなかったよ！←　『三宝絵』の壇波羅蜜の一部しかまだやっていないのですが、釈迦(というか釈迦の前世の人)が、鷹に追いかけられた鳩を助けたい！だけど、鷹が餌を失うのは良くない！じゃあ、鳩の重さの分だけ、鷹へ自分の肉を与えよう！と、自分の肉を切り分け始めた話を、恵瓊さんにさせてみたいです。臨済宗のお坊さんが読むものかどうかは知らないのですけども(お前)　浄土宗の信者の人が入門書として書いたものなので、どちらかというと小さい頃の証如さんとか顕如の方が読んでいそうかも。<br />　そういえば、お茶会で使う軸が「清風払明月」でテンションがだだ上がりしてます。恵瓊さん！恵瓊さんじゃないか！恵瓊さんは私の中で、未だに人物像がはっきりしない人です。俗物なのは明らかな癖に「師に出会い、初めて死のなんたるかを知った」と、後に東福寺の住持になった弟子の人が語るほどだったそうですから、もう何がなにやら。<br />　恵瓊さんの辞世の句である「清風明月を払い　明月清風を払う」という句には、俗世の執着やら悟りやらもぜーんぶ忘れて空っぽの清々しい禅における「空」の状態である、という意味があるそうです。「物もたぬ　たもとは軽し　夕涼み」という境地なのだそうな。まぁ広家に丸投げしていったとも言う←<br /></span> ]]>
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<dc:subject>戦国的な</dc:subject>
<dc:date>2009-11-18T01:22:03+09:00</dc:date>
<dc:creator>乙式</dc:creator>
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<title>フロイスの日本史</title>
<description> 　フロイスの『日本史』をはすはすしながら読んでます。何が萌えるって、フロイスの書く殿下の人物像と、殿下の出した私的な文書から伺える人物像のギャップです。完全に秀吉ってば、表の顔と裏の顔使い分けてないかこれ。あと、あまりの殿下の悪逆非道ぶりにラｗｗｗスｗｗボｗｗスｗｗｗとしか言えなくなりました←　惚れるわ、本当。どこからどこまでがフロイスの誇張表現で、どこまでが本当のことなのか見極めるのは難しいです
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<![CDATA[ <span style="line-height:23px;"><br />　フロイスの『日本史』をはすはすしながら読んでます。何が萌えるって、フロイスの書く殿下の人物像と、殿下の出した私的な文書から伺える人物像のギャップです。完全に秀吉ってば、表の顔と裏の顔使い分けてないかこれ。あと、あまりの殿下の悪逆非道ぶりにラｗｗｗスｗｗボｗｗスｗｗｗとしか言えなくなりました←　惚れるわ、本当。どこからどこまでがフロイスの誇張表現で、どこまでが本当のことなのか見極めるのは難しいですけども、少なくともあの悪逆非道行為については、<strong>本当に殿下はやらかしてる思う。</strong>　あの男なら、あれくらいぽーんとやってのけるはず！信じてる！なんてったってラスボスだもの。ただ、登場する秀次があんまりにも綺麗な秀次すぎて、一体のどこの秀次さんかと思っげふんごふん。禁欲とか、男色を嫌ったとか、謝れフロイス！万作ちゃんに謝れ！<br />　施薬院という秀吉の侍医が、秀吉のお妾さん(もしかしたら別妻ランクの人かもしれないですが)を斡旋していたというのを読むに、秀吉は実子を諦めていなかったのかもと、ちょっと思いました。江戸時代の話なので、秀吉に該当するか分かりませんが、江戸時代の大名家に仕えるお医者さんは、正室側室関係なく、子供を産める体かどうか調べるのも仕事の内、という話を以前聞きましたので、もしかしたら施薬院さんは子供を産める女の人かどうかを調べてから、秀吉の元へ斡旋していたのかもしれないなぁと。調べられる方はどんな気持かは知りませんが(お前)　無理やり連れてこられた人もいただろうし、秀吉の妾になれば裕福な生活が約束されているに違いありませんから、親に差しだされた人もいたでしょうし、中には自分から志願した人もいたかもしれません。その辺は、想像するしかないような。<br />　他には、小西お前泣き過ぎ！というのと、右近さんが輝いている！というのと、ちょいちょい名前の出てくる勝永のお父さんにきゅんときた、という具合でしょうか。我らの敵とか言われちゃう吉成さん(勝永のお父さん)萌え。でも、本当に官兵衛が秀吉のことを「極悪人」と陰で呼んでいたらちょっと切ないなぁと。<strong>まぁ実際極悪人ですが</strong>。どうあがいても否定できない！秀吉が官兵衛を遠ざけるようになったのは、別に官兵衛の智謀を恐れてとかじゃなくて、官兵衛が熱心なキリシタンだったからじゃないかな、とちょっと思ったりもしました。キリスト教の禁じられてる江戸時代の史料で、まさか「黒田家中興の祖である官兵衛孝高は、敬虔なキリシタンだったから秀吉から疎まれたんだよ！」とはさすがに書けないような気がするようなしないような(どっちだよ)<br />　それから、フロイスがあんまりにも、キリスト教を信仰している女の人の純潔やら貞節やら、一夫一婦制やらを主張しまくっているものですから、龍子さんが可哀そうになってきてしまいました……。キリスト教のそういう見地から見たら、龍子さんの立場そのものが罪なわけで、でもそれは龍子さんにはどうしようもないことなわけで、その教えを母親が信仰して周りに広めているわけで。でも当時の日本の文化から見ると、正妻が複数いることは不思議なことではないんですよね。秀吉の正妻は、ねねと茶々と龍子さんの三人だったようですから(第一夫人、第二夫人、第三夫人的な。当時の史料では、茶々は正妻を意味する言葉で書かれています。御台所とか簾中とか北政所なんてのもあったり)　なので、龍子さんが改宗しなかったのは、ここら辺に多少なりとも理由があるのかなぁと。自分の存在そのものを否定するような教えには、さすがに賛同できないような……。<br />　憎悪しないものはいない、とまで書かれた殿下にはぁはぁしながら、続きを堪能しようと思います←<br /></span><br />　 ]]>
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<dc:subject>戦国的な</dc:subject>
<dc:date>2009-11-17T01:02:39+09:00</dc:date>
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<title>設定と年齢</title>
<description> 　宣言通り、重成の設定をちょっといじってきました。これからがっつり、重成を六角に絡ませていこうと思います(お前)　重成にとって、初めての師が義弼である妄想が止まりません。年老いた義弼が、ぽつぽつ、重成に対してだけは元亀争乱を駆け抜けてきた心情を独り言っぽく語っていたら良いなぁと。傍目からは、気難しい祖父と素直な孫、な光景に見えていたら萌えます←　それから、私の中での年齢区分をしっかりさせようかなと。
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<![CDATA[ <span style="line-height:23px;"><br /><br />　宣言通り、重成の設定をちょっといじってきました。これからがっつり、重成を六角に絡ませていこうと思います(お前)　重成にとって、初めての師が義弼である妄想が止まりません。年老いた義弼が、ぽつぽつ、重成に対してだけは元亀争乱を駆け抜けてきた心情を独り言っぽく語っていたら良いなぁと。傍目からは、気難しい祖父と素直な孫、な光景に見えていたら萌えます←<br /><br />　それから、私の中での年齢区分をしっかりさせようかなと。<br />　今まで、なんとなーく、<br /><br />　糺、治房(三十代組)<br />　長秋、重成、秀頼(二十代前半組)<br /><br />　というイメージだったのですが、よくよく考えてみたら、糺は二十代の方が自然なのかも…？という所に行きつきました。大した根拠は無いんですけどもね！(お前)　今まで糺を三十四歳だと思っていたのは『土屋知貞私記』に糺の年齢が三十四歳と載っていたからなんですが、その史料だと、重成の年齢は三十五歳という……。城に籠城していた長澤さんの書いた『長澤聞書』には、重成は二十四歳！とくどいくらい書かれているので三十五歳が誤りだとすると、糺の三十四歳もどうなのかしら、な疑問が起こってきてしまいまして。あと、重成の石高は七百石で、糺の石高は五百石です。もしも糺が三十四歳で五百石だった場合、五百石が少ないとは言いませんが、重成と同じく一手の将に冬の陣の際任じられていたにしては小身過ぎねぇかと。だって、治長家臣の米村さんと殆ど同じ石高←<br />　ですので、殆ど重成と同じ年齢、同じ立場だったんじゃないのかなぁと。一、二歳くらいの違いはあるかもしれませんが。だとすると、あの二人の仲の良さもしっくりくる気がします。<br /><br /><br />　治房(三十二歳)<br />　糺(二十四歳)<br />　秀頼(二十二歳)<br />　重成(二十二歳)<br />　長秋(二十一歳)<br />※夏の陣の時の年齢<br /><br />　な具合で。長澤さんの言う通り、秀頼と重成の年齢を二十四歳にしたら、秀頼の生年に合わなくなったので、二十二歳にしました←　こう見ると、大坂方は若武者が多かったんだなぁと思います。徳川方にも、直孝やら利常やら至鎮やら長晃やら忠直やら若いのがたくさんいましたから、こう、何か、血が滾りますな！その分、若いのに囲まれて高虎が気疲れしてないかちょっと心配です(余計な御世話だよ)　<br /><br />　多分、皆秀頼の小姓出身だと思うので、その頃のぎゃーぎゃーやってる話を書いてみたいです。千の輿入れに、無駄におろおろする治房糺重成の三人とか(…)　完子の結婚にだだ泣きする糺とか、妄想が絶えません←　<br /><br /></span> ]]>
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<dc:date>2009-11-16T01:26:55+09:00</dc:date>
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