何か吐いてみる//
乙式、主に暇人干身がだらだらと萌えに任せて吐き出す場所です。創作戦国について主に吐き出しています。同人、腐要素、注意報常時発令中です。
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2011/09/29 (Thu) 『千姫 おんなの城』 感想


お久しぶりです!
卒論が一段落しそうなので、ちょっと舞い戻ってきました!そして『千姫 おんなの城』という本も読んだので、ちょっとその感想も書きたいなぁと。
著者は、大蔵卿局が主人公である小説『めのと』を書かれた植松先生です。
歴史的な出来ごとがさらっと描かれているので、人によっては物足りないと感じる方もいるかもしれません。
しかし、この本の何よりの特徴は、女性関係において最近の研究を反映した部分が多いという点です。例えば、秀吉の死後、京に移り住んだ寧々が、豊臣家と朝廷を結ぶパイプ役の仕事をこなしていたという描写。茶々と敵対関係にあったわけではなく、ともに手を取り、豊臣家のため力を尽くしてきたという描写。小和田先生の『北政所と淀殿』や、福田先生の『淀殿』で論じられた内容ですね。
茶々の人柄についても、江戸時代から現代に至るまで大量生産されてきた「ヒステリックで横暴な淀殿」といった描き方ではなく、細やかな心遣いができる温和な女性として描かれています。茶々の書状などを見るにつけ、やっぱりこのような人物像の方が、本来の茶々に近いんじゃないかなぁと思っている身としては、とても嬉しかったです。
茶々が千を慈しみ、千も茶々を支える。そんな関係を築く二人の姿が、とても印象的でした。秀頼千夫婦の仲睦まじいっぷりも、読んでいて感涙ものです。可愛い!としか言えないというか、やっぱり可愛い!というか………千の鬢削ぎが上手くできずにオロオロする秀頼と、ちょっとむくれる千の可愛さがはんぱないです。秀頼が一本芯の通った男前な性格ですので、逆にオロオロする姿の愛らしさが際立ちます。もうずっとお前ら大坂城でいちゃいちゃしてろ!
しかし、そうは言ってもいられず大坂の役が勃発してしまいます。そこで固有名詞の登場する牢人衆が幸村しかいないという点が、ちょっとしょんぼりポイントかもしれません。ただ、あくまでメインは女性達ですので、それで逆に良かったのかなぁと思わないでもないのですが。男どもの活躍は別の小説で読んでね!というか(…)いや、でも、重成と糺は出して欲しかったかもしれません。糺は槍の先生として名前だけ出てきましたけども………。
「茶々が鎧を纏って兵を鼓舞して周り、逆に士気が低下した」という話についても、違う見方がされていて面白いです。この鎧を纏って~のエピソードは、しかし、どうにも噂の伝聞を家康に伝えたような感じなんですよね。個人的には「織田頼長が、自分の連れていた遊女に鎧を纏わせ居眠りしている兵を切り捨てさせた」という話と、茶々の存在がごっちゃにされて伝わってしまっているような印象を受けます。
というかぶっちゃけ、太閤殿下の正妻だった女性が自分を鼓舞してくれたら士気があがるだろうと思うんですけども。しかも茶々は、秀吉が「勝利の吉例」として自分の陣に連れていたほどですし。

他にもまだまだ書きたいのですが、あまり書くとネタバレになってしまいますのでここら辺で!
あ!完子と千と秀頼が一緒に過ごしている描写にはえらくほっこりしました。そんなほのぼの豊臣一家に和みたい方や、秀頼千夫婦にきゅんきゅんしたい方にお勧めです。
最後になりましたが、ベストオブイケメンイヤーは坂崎直盛さんです。何あの人超イケメン。素敵。

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2011/08/13 (Sat) 生存報告


お久しぶり過ぎて卒倒しそうです何かすみません!
就活就活とやっていたら、いつの間にか卒論卒論となっておりまして、中々顔が出せなくなっていました。すみません。そしてまさに卒論地獄真っ最中なので、すぐにまた失踪することになる、かと!(フライング土下座) 卒論提出間近でページ数が足りないことに気付く夢を見ました。………どういうことなの。
大河は何かもう、全然見てません。何だかなぁという感じです。
秀吉や治長や義弼の妄想ばっかりは卒論そっちのけで大・展・開なんですけれども、形にする時間が無いというかぁああああ!長政×義弼が読みたい………。

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2011/04/28 (Thu) どきどき☆六角だらけの京都ツアー



 なつさんと『二泊三日 どきどき☆六角だらけの京都ツアー』に行ってきました。
 女二人がひたすら六角氏縁の地で興奮してるだけの、色気もへったくれもない旅です(…)

・相国寺(代々六角氏の子息が預けられていた寺。久頼や定頼様も相国寺出身)
・大徳寺大仙院(政頼の息子・古嶽さんが開いたと伝えられる塔頭。四ツ目結いフィーバー)
・六角通り(六角堂付近。時信時代の六角家の屋敷がこの辺りにあったそうな)
・一休寺(一休さんで有名なお寺。義賢と義弼の墓があります。義賢は宇治の田町で没したそうです)

 定頼様が、妻の呉服様と一緒に参拝した宇治の春日社にも行きたかったのですが、時間の都合で断念しました。あと、折角だったので、豊臣関係のお寺にも参拝してきました。豊国廟の麓が女子高とか女子大ってもう、グッジョブ!としか(…) 豊国社で、豊国社オリジナル御朱印帳を買うことができて、いやっふぅう!でした。日本全国の秀吉を祀ってる神社を参拝して、豊国社御朱印帳に御朱印を頂戴したいです。
 特別公開をしているということで、清涼寺にも参拝しました。
 正栄尼の肖像画が公開されておりまして、もうね、あれです、
 めっちゃ美人。 
 何この人!っていうくらい美人さんでした、正栄尼。八千草薫さんに、ちょっと雰囲気が似ているような……
 お寺の方に、「どうして正栄尼の肖像画があるのか?」や「何故、徳川家による豊臣方への残党狩りが激しい中で、正栄尼、並びに渡辺一族の供養を定期的に行っていたのか?」等を伺ってみたのですが、代々の住職さんが世襲制では無いらしく、お寺で受け継いでいくお話が途絶えてしまうことが多いらしいです。なので、正栄尼と清涼寺の縁についてのお話も、そうした中で途絶えてしまったのかなぁと。ただ、嵯峨源氏の開祖である源融と縁の深いお寺なので、嵯峨源氏である渡辺昌の妻として、渡辺糺の母として、生前から清涼寺と正栄尼は付き合いがあったのかもしれません。
 また、清涼寺の現在の本堂は徳川家の寄進によるものですが、それ以前の本堂は、秀頼の寄進によるものだそうで、その際、清涼寺側との折衝を行ったのが正栄尼や糺だったのかなぁ、な妄想をしてみました。
 あ! ちなみに、正栄尼の肖像画で賛を書いていたのは、琴誉という方でした。

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2011/04/25 (Mon) 拍手お返事


 大変遅くなってしまいすみません!
 追記に、拍手お返事をさせて頂きます。

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2011/03/23 (Wed) 今年の大河


 お久しぶりです。相変わらずの失踪っぷりで申し訳ないです。計画停電で時々わたわたしますが、幸いなことに元気に過ごすことが出来ております。

 大河の秀吉が、何だかえらいことになってますね。最初は「さすが殿下安心の道化っぷりwwww」と思いながら見ていたのですが、ここ最近は胸糞が悪………げふん。正視に耐えなくなってきています。茶々がとても素敵な分、どうにも残念でなりません。あの、生理的嫌悪感を視聴者に感じさせるような演出は、意図してのものなんでしょうね。三成は茶々に恋焦がれる設定で今後描かれるそうなので、関ヶ原での決起理由は「茶々への恋心」になることでしょう。今年の大河の秀吉には、心から忠誠を誓ってくれそうな人はいないようです。
 脚本家は「悪をつくらない」をコンセプトに脚本を書いているはずなのに、秀吉はどうしてああなのか、について父親と話し合ってみたところ「秀吉をとして認識してないんじゃね?」な結論が出ました。なるほど。
 来週の龍子さんを見てから、今後も視聴を続けるか決めようと思います。しかし定頼様が大河の主人公になるのはいつなんだろう(…)

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