何か吐いてみる//
乙式、主に暇人干身がだらだらと萌えに任せて吐き出す場所です。創作戦国について主に吐き出しています。同人、腐要素、注意報常時発令中です。
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2008/10/31 (Fri) お菓子は良いからいたずらさせろ


 折角のハロウィンに何もしないのは寂しいので、せめてものSSS崩れを追記に放ってみました。重成+長秋+ちょっとだけ治房な具合で。
 すごく、治房が、可哀そうです(お前)

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2008/10/29 (Wed) すごく戯言


 ふと思ったんですが、とんでもなく、最近自分が雑食だと痛感し始めました(…) とは言っても、創作戦国ジャンルにおいて、と制限は入るんですが。何だか、誰×誰が好き!ていう基本があったとしても、やっぱり創作は創作だから、作っている方それぞれのキャラ付けとかビジュアルとかが出てくるわけで、歴史上同一の人物でも、そのキャラ付けとビジュアルだから別に自分の基本カプじゃなくても萌えたりするよねっていう。いや、最早自分が何言ってるかわからないんですが← ふ、不覚だったんだ…!何か、色々、不覚だったんだ!(知らないよ)

 あ、年表の方、またちょこちょこ弄ってます。何か、高虎って瞬間移動機能でも付いてたの?どうなの?あちこち動きすぎだろぉお。

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2008/10/29 (Wed) 月在青天水在瓶


 昨日の日記で、大蔵さんやら饗庭さん関連に触れたら、ちょいと書きたくなったので、追記に饗庭局+大蔵卿局でSSS崩れをば。

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2008/10/28 (Tue) 細々と


 時間がなくて図書館に籠っていられなかったので、あんまり今日は収穫が無かったのですが…「真田松代家譜」で、幸村について、「真田左衛門佐幸村。始め信繁と名乗る」という記述を見つけまして。この史料が本当なのかそれともそうではないのか、私の持ってる情報ではまったく判断が出来ないので(…) 取り敢えず、こっちの方向で行っておきたいなぁと!昔信繁、今幸村、みたいな← というか、少なくとも私が(桐生とクイさんの理由は置いときまして)信繁ではなく、幸村を使っているのは幸村という字面が綺麗で好きなだけなんですが(お前) そういえば、「浅井一政自記」で、大蔵さんも正栄尼も呼び捨てなのに、饗庭さんは殿付きで呼ばれてたんですよね…。しかも、多分、読み間違えをしていなければ、敬語を使われていたような。あの文章の中で敬語が使われているのって、秀頼と茶々と片桐さんと、饗庭さんだけなんですよ。んんん?実は、大蔵さんでなく饗庭さんが上臈達の中で一番権力(…)を握っていた、とか?(どうだろう) 血筋的に考えると、あり得なくもないような…。

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2008/10/26 (Sun) 日帰り遠足


 ちょいと、友達と鎌倉まで日帰り遠足に行ってきました。
鎌倉五山の内の幾つかを参拝したりしてたんですが、個人的目玉は東慶寺です、東慶寺!本当は予定になかったのを、急遽入れてもらいましたよええ!ここで、天秀尼と甲斐姫が生活してたんだなーと思ったら、何だか色々とくるものがありました。天秀尼のお墓も参りまして、他に細々と小さな古いお墓が近くにあったので、もしかしたらこの中に甲斐姫のお墓もあるのかなぁと、思ったり思わなかったり。あと、実際に見ることは出来なかったんですが、パンフレットに、「天秀尼が父秀頼の菩提を弔う為に作らせた雲版」というものの写真がありまして、ちょっとだけ、おおおおと。
 当たり前ですが、どの寺も至るところ三つ鱗祭りで、トライフォーストライフォース騒いでました(お前) それぞれ持ってる知識が違ったので、補い合いながら寺巡りが出来たんで、色々と楽しかったです。……私、仏像についてとかお墓の形式についてとか、さっぱりなんだもの…。ただ、鶴岡八幡宮で、めちゃくちゃ「遙か3」を勧められましたが(笑 私に源平にまで手をだせと?←
 写真は、鶴岡八幡宮。
turuoka

 取り敢えず、豊臣家縁の寺やら神社の御朱印を出来るだけ網羅するんだぜ!な目標が出来ました。

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2008/10/26 (Sun) ゲーム感想


 「采配のゆくえ」クリアしました!てなことで、追記にネタバレ感想をば。

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2008/10/26 (Sun) 乾いた感じで一つ


 むらむらときたので(またか) 追記に、又兵衛×治長でSSS崩れを。ちょっとアレな感じなので、15禁にしておきます!お気をつけて!……でも、息子(治徳)の話書いてる最中にむらっとくると、ちょっと罪悪感が(…)

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2008/10/24 (Fri) 年表


 また「采配のゆくえ」の感想でもアップしようと思ったんですが、いっそクリアしてから纏めて感想をあげちゃおうかなぁと。取り敢えず、秀秋タンは俺のアイドル(…)

 ちょっと地味に、大坂の役年表を、修正・追加してみました。出来るだけ両方の軍の動きが分かるようにしたいなぁと思ったら、物凄く見ずらい感じになりました…。ちゃっちゃと、今福・鴫野の戦いを年表に突っ込みたいです。色々見てくと、ごちゃごちゃ小競り合いはあったけど、家康が大坂に出陣したあたりから冬の陣本番!な感じがして、ページめくりながら一人で滾ってたとか明らか変な人だったかと!顔が、こう、にやつくんだ(…) 

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2008/10/24 (Fri) プレイ感想


 「采配のゆくえ」買ったんで、早速やってみましたー。
 ネタバレなんで、ちょいと追記に隠しときます。

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2008/10/23 (Thu) プレゼント


 あともうちょいで誕生日なので、友達からプレゼントを貰いました。

fukuobarth.jpg

袋がこの時点で、色々とアレでそれでコレな予感はしてました。






kamonbarth.jpg

携帯に貼ってと言われました。……どうしようか迷ってしまった自分がいっそ嫌だ(…) というか、何ゆえ前田家とセット!?


 更にごそごそ漁っていきますと、

jucebarth.jpg

最早ネタじゃねぇか!www
誕生日プレゼント☆の袋から、何食わぬ顔でこいつが出てきた時の衝撃を私は一生忘れないでしょうむしろ忘れられねぇよ。


 もうちょいごそごそ漁りまして、
 ……………



amebarth.jpg

驚異の真田二連発。

いや、うん、嬉しかったけどね!嗜好を熟知されすぎてて困ったけどね!ありがとー!

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2008/10/22 (Wed) キャラクターとか内通とか


 「采配のゆくえ」キャラクター追加されてましたね!茶々、秀秋、忠興、ガラシャ、忠勝の五人が増えてました、が!茶々の性格が取り敢えず、今のところ良さげな感じでおおおおとなってます← キャラデザが若干手抜きじゃね!?て気がしないこともないんですが、本戦に関わらないからね、仕方がないかなと。でも、「気丈にふるまっている」とか、秀吉の遺志と秀頼を守りたい発言やら、色々はすはすします。他にも、優しげな風貌だったり。あと、秀頼のちんまいっぷりにきゅんときたら、人としていけないのでしょうか(…)
 んでもって、秀秋はあれはむしろ、秀秋タンと呼ぶべきなんでしょうか(知らないよ) あれは秀秋タンだろぉおお!可愛いよ可愛いよ!しかも、絶対黒いよねっていう。逆裁的に考えたら、追い詰められて本性が出るっていう展開になるのかなぁと思ってるんですけど、どんな豹変ぶりを見せてくれるのかテカテカします← あんな可愛らしい風貌で、とんでもない野心を抱いてたらおいちゃん萌え過ぎて禿げるかもしれない。いっそ天下とか狙っちゃってれば良いんじゃないかな!あと、その…狂笑して欲しい(げろったよ) 忠興は、激情の貴公子という肩書に噴かない人はいないと思うんだけどどうだろう(さぁ)

 物凄くついでな感じであれなんですが、七手組頭の人で本当に内通してる人いたんです、ね…!あながち、治純の書状も間違ってなかったけども、やっぱり送りつけてくるタイミングが最悪すぎる!組頭の伊藤丹後守という人が、板倉さんと繋がってたらしいです。そりゃ組頭が内通してたら、情報も外にだだ流れになるよなぁ…。

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2008/10/21 (Tue) ぽい曲


 物凄く唐突でアレなんですか、鬼/束/ち/ひ/ろ/の「BORDERLINE」が、こほっぽいなぁとちょいと思いまして…。歌詞はこんな感じで→(ttp://lyric.kget.jp/lyric/ri/kp/) どんな曲を聞いても、無意識の内に誰かのイメソンっぽくならないか考え出してる辺り末期です(本当にな) 今のところの目標は、大坂面子全員分の個人的イメソンを見つけること!なんですが、しょっぱなから挫ける気配満々です。キャラが未だに掴めてない人が何人もi以下略

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2008/10/20 (Mon) 突撃、隣の米村さん


 治長と治純の花押が、巾着袋みたいでやたら可愛かった件について←
というか、兄弟でお揃いかよお前ら!良いのかお揃いで…いや、実は分からなかっただけで微妙な違いがあるのやも…でもどう見てもお揃いだったんだぜ。そしてどっからどう見ても、巾着袋だったんだぜ。あの巾着袋をさらさら書いてる治長と治純を妄想すると、何だか呼吸不全になるのはどうしたことでしょう(病気だよ) 
 そんでもって、また大日本史料から拾ってきた「落穂集」ネタなんですが、治長と片桐さんの仲について「米村権右衛門が物語るに~」という一文がありまして、え、何、あれちょっと米村さんにインタビューして書いたの!?でも、今までの文とちょっと一段下げた辺りから、「米村権右衛門が物語るに~」と始まっていたので、元からあった「落穂集」の話に、米村さんから話を聞いた人が付け加えたっていう感じだったりするのでしょう、か?葛葉の話もそんな感じだったしなぁ。米村さん、80歳まで現役してたらしいから、江戸時代成立の本を書く人からインタビュー受けてても、別に不思議じゃないような…。80歳にして、千の大坂城退去が命惜しさからだと世間に流布されているのは、秀頼と茶々の助命を千に頼んだ旧主治長の望むところではない!このままでは、旧主への私奉公が立ちませんので、幕府に直接訴えてきます!とか言いだして、周りに物凄い勢いで引きとめられるパワフルお爺ちゃんになってました。どんだけ治長が好きなんだよ米村さんはもう…。しかも、家財道具一式片付けて浅野長治さん家を辞める気満々で幕府へ訴えてきます!だもんなぁ…。結局、長治さんが上手いこと宥めてくれたみたいですが。
 「米村権右衛門が物語るに~」で始まる治長と片桐さんの仲についての話だと、仲は良かったのだけど、方広寺の再建について意見が分かれてから、ちょいとぎすぎすし始めたとか。治長は再建に反対で、片桐さんは賛成で、再建した結果がコレだよ!な鐘銘事件を契機に完全に仲違いしちゃったとか何とか。切ないんですけど…昔は仲良かったとか!

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2008/10/19 (Sun) 紅葉


 ちょいと書きたくなってやらかしました、治徳+治安でSSS崩れ。
 今ちょっと、大野三兄弟妹が、熱い←


 

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2008/10/18 (Sat) ごたごた


「駿府記」で、治純が、「秀頼様は一切関係ありません」てきなことを言っていた気がしたんですけど、改めて読み返したら、別にそうでもなかった罠(ああああ) あれぇえええ!?あれか!あんまりにも妄想が強すぎて、ついにフィルターかかって見えるようになっちゃったか私!← ただ、その、家康に怒られる治純が可愛かった、です(…) ああちゃんと家臣やってるんだなぁ、って感じがして(どんなだ)  
 今ちょっと、片桐さんが大坂城を退去するごたごたの詳細が知りたくて、色々読んでみたりしてるんですが、ものによっては、治長・重成・糺お前らちょっと落ち着け!と言いたくなるのもあって、何かえらく面白いです。どう考えても、あの三人が話をややこしくしてるっていう。大坂城は、いつも賑やかです的な(…) 牢人衆が来る前の時点で、色々えらいことになってるのに、これで連中がきたらさぞかしえらいことになるんだろうなと、期待を禁じえません。しかも、片桐さん退去のごたごたは治徳の名前がたくさん出てくるんで、えらくはすはすしますよええ!片桐さんの所に人質に行かされる治徳の様子を妄想すると、何か液体が出そうになry 

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2008/10/17 (Fri) 諸々


 夏の陣5月7日の時の治長の動きが知りたくて、色々見てたのですが、治長は勝永のサポートに回ってたって感じで良いのかし、ら?小笠原隊と戦ってる時、治長が小笠原忠脩の右備を攻めて、そこに忠脩を助けようと小笠原秀政がやってきて、だけど勝永が治長の後陣を進め秀政の左備を攻めたから、秀政の兵はことごとく討ち死にした、って書いてあるのを見まして。あとは、勝永隊に攻めかかってきた、藤堂・井伊隊に、治長のとこの鉄砲隊が攻撃をしてたりとか(あんまりこの時は効果が無かったっぽいですが)(ああああ) 治長の鉄砲隊も駄目で、勝永も退くかざるを得ないっていう時に、助けにきた青木さんと真野さんがえらく格好良く感じたとか← 七手組って、時々不意打ちで格好良いと思う。この時、青木さんって家康のところに抑留されてなかったっけ?ていうのは置いておきまして(…) 
 どうでも良いんですが、速水さんがちょっととんでもなく萌えキャラなんじゃないかと最近思えてならないとか、どうしよう。「ご存じの如く、甲斐守は無口なので」とか書かれちゃう速水さんってどうなんでしょう!?(知らないよ) ご存じの如くて…そんなに無口だったのか…お爺ちゃん可愛いよお爺ちゃん。片桐さんと治長を叱る速水さんはすごく、おかんです← だ、だって、叱ってる話が載ってたんだ!←← 良いんじゃないのかな、もう、速水さんは大坂城のおかんで(…)

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2008/10/14 (Tue) 踏みたい貴様



 桐生から送りつけられてきたものを代理アップしてみた↓
伊達握り
 ちょ、何でおにぎりwwww
何だかこういう感じのマスコットとかを見ると無性に踏んでみたくなる。こう、むちゃっと(病気だからだ) 今、すごく牛タンが食べたい← 大阪も何か、こんな感じのキャラクター出さないかな!大阪城マスコットで、七将星+a的な…。あれ、それじゃひこにゃ以下略。あと七年後の、夏の陣400周年に期待してみようかしら(お前)


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2008/10/13 (Mon) 熱は鎹



 昨日に引き続き「秀吉の接待」をちょこちょこと。でもこの本、副題の「毛利輝元の上洛日記を読み解く」表記にした方が良いのかしら。「秀吉の接待」だと、何だかお水な秀吉が浮かげふんごふん。分かり易くて良い感じの本なんですが、ちょっと気になったのは、聚楽第で秀吉が抱きかかえてきた女の子を、豪だって書いてるところでしょうか。いくら当時の人が今より小さかったとはいえ、男の人も小さかったわけで、15歳になる女の子を抱きかかえられるのかな…。よっぽど豪がミニマムサイズだったのなら話は別ですが。やっぱりここは、福田千鶴先生説(と言うほどのものでもないかもですが)の、あれは小姫だっていうのを推したいところです。小姫だったら、4歳位だし、小さい小さい言われてる秀吉でも抱きかかえてこれたかなと。というか、そっちの方が萌える← 

 追記に、まったく関係の無い、試作でやらかした明政×鶴千代さんでSSS崩れで、す…。

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2008/10/13 (Mon) 名前とか



「秀吉の接待」をちょこちょこ読み進めてるんですが、ちょいちょい勝永のお父さんが出てきてはすはすします← 官兵衛とセットなことが多いことに、おおうと。領地も豊前でご近所さんだし、肥後が一揆の時は一緒に鎮圧に出てたりするんで、なんやかんやで親交があったんだろうなぁと。それ前提で、勝永の戦いぶりを長政が評した「若輩者だと思っていたが~」を読むと、こう、何だかぐっとくるものが。輝元を屋敷に招いて、大鼓を手ずから打つ勝永って…!あと、多分、勝永っていう名前は勝永の初名で、大坂の役の時は吉政だったっぽいです。 「毛利系譜」に、始め勝永、豊臣姓と一緒に秀吉から吉の諱を貰ったと書いてありまして。勝永の名前がメジャーなんでどうだろうと思ってたんですが、お父さんの勝信さんが、「秀吉の接待」に用いられてる日記で吉成と書かれていたり、勝永が吉政と書かれているらしいんでやっぱり、この頃には勝信さんは吉成の、勝永は吉政だったのかもです。このまま勝永で押し通すけどね!← 秀吉から吉の諱を貰ったっていうのはちょっと捨て難いけど!

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2008/10/12 (Sun) 拍手お返事



 いつも拍手有難う御座います!物凄く滾ります!
 追記に、拍手お返事をば。

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2008/10/11 (Sat) 退屈御免



 読んでた史料にあった、伊木さんの幸村に対する「俺はお前より先に死ぬよ(超意訳)」発言に滾った記念(…)遠雄+幸村でSSS崩れを追記に。やっぱりどうしても、幸村の相方は伊木さんしか浮かばない病に罹ってます← あと、幸村が電波というより不思議ちゃんな感じになってしまっげふんごふん。


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2008/10/10 (Fri) 変更(予定)事項



 ごめんなさい、ちょこちょこ、設定を変えるかもです…。
今まで治徳の年齢が分からなかったので、治安と双子で17歳とか萌えるんじゃね?なんて勢いだけで17歳としてみましたが、今日、24歳と書いてあるのを見かけまして。その年齢が正しいかも分からないのですが、折角年齢が書いてあるのがあったんだから、その通りにしてみよう!というこで、治徳の年齢が24歳に引き上げになりま…す!← それだと、丁度秀頼と同い年になると思うので。数えで24歳なら、今の年齢の計算だと23歳で、多分話の中だと23歳表記になるかと!あと、秀頼の小姓とか近侍をしていた人は、注釈みたいな感じでそのことが書いてあったりするのに、治徳にはそういうのがないので、近侍とかではなかったのかも?と今更ながら(…) 普通に、治長の下で、大助とか勝家のように動いてたのかもしれません。ということで、そっちの方向に修正するかもです…(土下座) 
 そんでもって、更に長秋の年齢23歳というのを見て、えええええと← おまけに、母親が饗庭さんではなく、千の乳母の刑部卿と書かれていたので、ちょっと反応に困ってます。年齢の部分だけ頂いちゃおうかな(…) 同じ史料に重成の年齢が30歳と書かれていたのは置いておきまして!置いておきまして!!長秋を、糺治房の幼馴染み組みから外して、重成と年齢近い感じにしちゃった方が良いかなと。そうすると、重成隊の大将とそれに次ぐ感じの人が22歳と21歳という、えらい若さに溢れた感じになるし!ちなみに、長秋の父親は、若狭牢人衆の内藤庄兵衛と書かれていました。……誰ですか。別の奴に「内藤左馬」という人の名前が載っていまして、長秋の父親かその親類だったり?とか考えたんですが結局良く分かりませんでした!(お前) あと、長秋じゃなくて治胤なんですが、京都の松木町に養子に行ったんじゃなくて、京都に住んでいる町人の松木さんという人のところに養子に行ったとか何とか。その後、猪熊事件に巻き込まれて京都追い出されて大坂に帰ってきたっぽいです。猪熊事件て、ちょ、おま。なんつーもんに巻き込まれてるのよあの子は…。

追記:さっきちょこっと検索をかけてみたら、公家・中御門家の藤原北家道長流という家が室町以後「松木」と称したとあるんですが、まさか公家なんて大層な所に養子に行くわけないよなぁ…でも猪熊事件って公家の人たちが起こしたいやん☆な事件だしなぁ…悩みます。

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2008/10/09 (Thu) 兄弟


 「城塞」を読んでいる友人から、修理殿の一丁書きの部分だけ読ませてもらいました。……悶えまし、た!← 修理どの修理どの町人に呼びとめられて、律儀に一筆書いてってあげる治長ってどんだけきさくなんだよ!そんな言い伝えが残ってる治長って、大坂の人に慕われてたのかなぁと思いたいのですが…「歴史と文芸の間」で、治長に対する評価を改めようとして治長に関する論考を書いて下さった植村先生も、大阪の、しかも治長の持ち口出身だったっぽいしなぁ。
 そんでもって、改めて治純が治長のことを愚兄呼ばわりした真意を考えてみたら、何だかこの兄弟がえらく愛おしく思えてきたとか(…) 「駿府記」だと、大坂挙兵の報を聞いた家康が、治純を呼びだして「この件についてどう思う」的なことを聞くんですけど、治純は、重成やら速水さんやら糺やらの名前を口にしたあとに、我が愚兄の謀にして、秀頼様には一切関係ありません、なことを言うんですが…秀頼に責を負わせないってことに関して、この兄弟は志が一緒だったんだなぁと思ったら何かこう、ぐっとね!← 心の底から愚兄!って思ってても大分ありですが!(お前) 暗殺されかけた治長を見舞いにきた治純が、治長とどんな会話をしたのか妄想すると夜も眠れません(…) 夏の陣の治純の容赦のないっぷり(自分の兵に、七手組は裏切ってるよ!な手紙を治長の元へ届けさせたり)を見るに、見舞に来た時にがっつり決裂してたりしてなぁと!妄想ですが!←

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2008/10/09 (Thu) 西日模様



 えーと、あのですね「大野修理、豊前守、宮田平七、甚亟ともに従弟なり」って、無いだろ!さすがにそれは無いだろ!下二人は良く分からないんですけど、治長と勝永が従弟ってんなまさか。だったらまだ真田フランコを私は信じる← 幸村が明石さんの影響で改宗してたら萌えるじゃない(…) 明石さんの奥さんのモニカさん、何だか洗礼名じゃなくて、本当にモニカって名前をした外国人の人を奥さんにしてそうなイメージが明石さんにあるのは脳が溶けてるからでしょうか…(そうだよ) んでもって、治長と勝永ですが、治長の出身尾張説を適応すればどうにかこじつけられないこともないのですけど、丹後出身説だとすると、あり得ないような…。どっちも出身不明なんですよねそういえば。勝永の方はお父さんが信様に最初仕えてたっぽいですが。いや、まぁ、従弟だと萌えげふんごふん。

 追記に、治長+秀頼でSSS崩れ。この間の、宣教師が秀頼と治長の関係について書いてた「重臣にして親しき友人」なんて言葉にえらくきゅんときてしまいまして、その、やらかしまし、た(土下座) 片桐さんが外回りで忙しい時は、治長が城で秀頼の相手してたのかなぁとか。20歳以上離れた友人てなんか良くないですか(知らないよ)

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2008/10/08 (Wed) 拍手お返事



 いつもぱちぱち有難う御座います。
 追記にお返事をさせて頂きます!

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2008/10/07 (Tue) 大野の四男



 すみません、昨日書いた正栄尼の「市正さんのこと殺っちゃいましょうよぉ」発言、間違ってました!というか、正栄尼言ってなかった!……読み間違いって怖いですね…精進します…(本当にな) 正栄尼が、片桐さんとの間を取り持ってる人に「屋敷へ人数を入れて立て篭もっているようですが、何事ですか」って聞いたら、その人が言った「市正を御成敗あると~」のセリフを、正栄尼の言葉と間違えてたみたいで、す。
 んでもって、勝永はこれ、通称三右衛門ってことで良いのかしら…お父さんが森三左衛門で、息子の勝永が森三右衛門?これが正しいかは分からないんですが、今のところこの名前しか発見出来ないので、ちょいとこれで押し通してみようかなぁと思います← 他にちょいちょい、大野さん家のことが書いてあったりしたんですが、治純について、名は市兵衛、壱岐守に任官され、3000石。家康に少々寵愛されるって……び、微妙だぞ、少々て……折角なら思いっきり寵愛してあげてよ!(お前) でも、可愛がられてたっちゃー、可愛がられてたのかな? 3000石って、結構大きいと思うし。

 追記に、うっかり治胤で萌えるのを見てしまったので、治胤でSSS崩れをば…。

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2008/10/06 (Mon) 書きたらしてみる



 治長の病状が予想以上にやばげだった件について。
下血してたっていうのは知ってたんですけど、更に腹脹(脾臓の機能低下で、腹部に膨張感)と嘔逆(嘔吐が止まらなくなる)と久痢(長引く下痢)て。おまけに、久痢は再々発ときたもんだ。慶長十一年にこの症状だったわけだから、下手したら大坂の役の時点でも、まだ引きずってたかもなんだよなぁ。休め、お前ほんと(…) でも一番やばいのは秀忠だと思う罠…二日間尿が出なかったら死んじゃうよ秀忠!その上便秘とか内臓が弱かったのかしら(さぁ) 男共は下関係で苦しんでいましたが(…)茶々の気鬱の症状を見てると切なくなってくるというかなんというか。食事が全然食べられなかったってつらいなーそれ。そんな茶々を間近で見てる千と秀頼のことを考えると、もっと切なくなってくるとかどうしよう。
 でも、そんな気分を一掃してくれたのが、真田フランコさんでした。
 ………誰だお前。
え、ちょ、ま、幸村?幸村なのフランコさん。それとも単なる真田違い?← うっかり幸村、明石さんの領域に呑まれてしたったのかと思いましたが!宣教師が書いたものらしんで、幸村もキリシタンだったら良いな☆ なんつー妄想で綴られた名前なのかそれとも、本当に幸村は明石さんの世界へ旅立っていたのか……いや、多分、宣教師の妄想だと思げふんごふん。宣教師の書くぶつは面白すぎる。治長が、秀頼の重臣にして親しき友人て(笑 いや、もし本当にそうだったらえらく萌えるのだけども。「浅井一政自記」の重成と糺がめちゃくちゃ怖かったんで、いっそ治長が友達で良いんじゃないかと思えてきちゃったんだぜ←
 引き籠っちゃった片桐さんを引っ張りだしに行ったけど失敗しちゃった人を、宿直で二人揃って待ち受ける重成と糺が何だか怖い…怖すぎる……二人揃って「市正殿は(秀頼の御前に)御上がりになられるのでしょうか」って、殺る気だろ!絶対片桐さんのこと殺る気満々だったろこの二人!正栄尼の「市正さんのこと殺っちゃいましょうよぉ」発言にも慄いたけど!何だか重成って、冷静なようで実はそうでも無いんじゃね?と思う今日この頃。市正殿?殺っちゃえば良いんじゃね?派だったり、今福の時は単騎駆けやらかすし、若江の時は制止振り切って行っちゃうし、あれか、実は内に熱い魂を秘めてるんだぜ!とかそういう類の(どうだろう)


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2008/10/06 (Mon) 拍手とか雑誌とか



 気分を一新しようと、拍手小話差し替えました。最初は行清風味になる予定は無かったんですが、気づいたらあんなことになってまして……すみません…病気なんです…(本当にな)
 次は「IF~もしも秀家が八丈島から泳いで参ってたら?~」をあんなのりでやってみようかなぁと妄想中なんですが、妄想は妄想でそっとしておいた方が良いきがぷんぷんします。拍手小話を、小六×秀吉or又治にしようか迷った挙句、何故か長浜ーズに飛んでた脳みそなので!← そういえば、頼んでいた長浜の地元誌が届きました!浅井の女性たち特集だったらしいので、これは頼まねばと!益々、妄想が悪化してしまったわけですが…何で浅井の女性陣はあんなに逞しいんだろ。饗庭さんとか、鶴千代さんのページは無かったんですが、この二人と、あと海津局さんも逞しいというか芯のある人だったんだろうなぁと思ったら、何か滾った。浅井家には、いつも爽やかな風が吹いている気がする←

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2008/10/05 (Sun) まさに雑記(…)



 拍手をいじくろうとしたら、何を書こうか迷った挙句何も書けなかったとか笑えない…。
ちょいと今日は、ミレイ展に行ってきました。生オフィーリア、凄かったです。芸術に関してドを幾つ付けても足りないくらいの素人なんですが、ほんと、何か、凄かった。鮮やかさというか、何というか、あああ語彙が貧困すぎる!← でも、個人的に一番きゅんと来たのは連隊の子供かなぁと。ミレイの描く幼女は魅力的すぎるだろ…!

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2008/10/04 (Sat) 色々と



 大日本史料に載ってた「落穂集」の一部を読んで来ました…あああああってなった!← その部分だけコピーして貰っちゃいましたよ!米村さん、あんたって子は!というか、米村さんの娘が物凄い勢いでうあああああだよ!死んだ葛葉の遺体を火葬(何で火葬かは謎ですが)してる真っ最中に、米村さんの目を盗んで、火に飛び込み殉死するとかちょ、おま。ちょっと前に読んだ「粟田口の狂女」に入ってた葛葉の短編は、この「落穂集」の話を参考にして書かかれたんだなーと。そんでもって、「落穂集」だと、葛葉は米村さんが連れて逃げたっていうより、家康へ秀頼と茶々の助命嘆願に行く千と一緒に(あと米村さんの娘も一緒に)、城を出たってことになってました。「駿府記」でも、助命嘆願の交渉に当たったのが米村さんて書かれてたんで、連れて逃げたってのよりも、こっちの方が自然かなーと。何かもう、助命嘆願の為に城を出た千を追いかけて、家康に直接嘆願するんじゃなく、正信を介して嘆願するよう伝えろって米村さんに命令する治長と、この期に及んで城を出たくないって拒否する米村さんが切なすぎた…。そんな米村さんを「俺と一緒にここで死ぬことより、秀頼様御母子の助命の方が大切だろうが!」て叱り飛ばす治長に痺れたんですけど、最後の命を果たしに駆け出していく米村さんにえらく切なくなったんですけど、どうすれば(知らないよ) しかもこの時確か治長、暗殺されかけた時の傷が開いた上に、新しい傷こさえて出血してるんだよな…うわああだよこの子は本当に。
 役後、千に葛葉が仕えてたり、その関係で米村さんも千に懇意にして貰ってたり、ちょっと書きたいことが多すぎるんですが!特に気になったのが、もう病で生い先長く無いと悟った葛葉が「生きている内に親の寺を詣でたい」って言ったことでしょうか…どこだよ、治長と治長嫁の寺!葛葉を焼いたのが妙心寺で、出家した米村さんの入寺先が妙心寺で、治長嫁の肖像画があるのも妙心寺なんで、微妙にそこらへんかなぁと思ったりしてるんですが…。でも、葛葉と米村さんの娘の骨を納骨した先は高野山って、何なのよ一体!……いや、内容が正しいならの話なんですが(お前) 葛葉と米村さんのその後は、「落穂集」ベースで行こうかと、ちょっと悶々考えてます。

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