何か吐いてみる//
乙式、主に暇人干身がだらだらと萌えに任せて吐き出す場所です。創作戦国について主に吐き出しています。同人、腐要素、注意報常時発令中です。
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2008/12/31 (Wed) 書き納め


 どうにか、年内に「冬に至りて春をいく」の後編がアップ出来ました!これで、11/8の記事でやらなくちゃいけないメモに書いたものは消化出来たかと!……レポート以外。
 そんでもって、これが今年最後の日記になるかと思われます。ちょいちょい、携帯から何か書くかもしれませんが。というのも、明日から一月三日まで、先輩の寺へお手伝いという名のバイトをしに行くからでして。泊まりがけで!お札とか達磨とか売ってきます。売りまくってきます。待ってろ参拝客!
 とういうわけで(どういうわけでだ) こんなサイトに来てくださり有難うございました!来年も、もりっと妄想を撒き散らしていこうと思いますので!よろしくお願いします!

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2008/12/29 (Mon) ある兄弟


 何だか色々と妄想していたら、長浜時代、片桐さんじゃなくてその弟の貞隆の方が三成らへんと付き合いがあったのかなぁと思ったりしました。片桐さんは三成らへんからすると結構年上だけど、貞隆って1560年生まれですし。多分、片桐さんと一緒に秀吉に仕えたんだろうし。貞隆の幼名駒千代が、やったら可愛くてどうしようかと← ~千代な幼名って可愛いですよね(…) 
 ちょっと、片桐兄弟が気になっています。大坂の役と治長を妄想するにあたって、大きな位置にいる二人なので…。片桐さんにとって、鐘銘事件での治長の反応と対応は予想外だったらしいので、事件が起こるまで、貞隆を含めた三人が物凄く親しい間柄だったらえらく滾ります。ぶっちゃけ、片桐さんが浅井家臣時代に一度幼治長と会ってりゃ良いんじゃなかろうかと←
 豊臣家も滅んで片桐さんも病没した後、豊国大明神を参拝した貞隆の気持ちを考えると、何だかとても居た堪れなくなります。私の中で、治長と片桐兄弟は、どえらいすれ違いをしてしまった人達というイメージがあったりします。もっと理解しあえなかったのかお前ら……。治長と片桐兄弟がすれ違わなくても、重成と糺を筆頭に若い衆が猛りに猛っていたので、やっぱり結果は変わらなかったかもですけど!← 

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2008/12/28 (Sun) 更新


 明石さん+秀家+豪の話、アップできました!秀家と豪は、プラスというか露骨に×になってしまいましたが!(…) ぶっちゃけると、明石さんの膝に甘える秀家と豪が書きたかっただけですすみませんごめんなさい。豪が将来的にキリシタンになるとどめは右近さんだけど、下地は明石さんが作ったんだと信じてやまない私がいます←
 とにかく、年内に「冬に至りて春をいく」の後編をアップしたいなぁと!

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2008/12/27 (Sat) 占いとか


 生まれて初めて、占い師の人に占ってもらいました。いや、友達と一緒で、二人で三千円ちょっとって安くね!?と。特に悩みなんて無いのに(…)好奇心の塊な具合で、どんな職業が向いてますかねぇとか占って貰いました。何か、気休めに良い感じですね、占いって。殆ど良いことしか言われないし。あ、それと、私の誕生日が、旧暦だと9月27日で、冬の陣が始まろうとしている頃と同じだぁああ!と分かって無駄に内心テンション上がってました←
 そんなこんなで、占いに敏感に反応する現代パロ治房を妄想してしまった私はどうしたら良いんでしょうか(知らないよ) 団右衛門が気になりたての頃、同級生糺が読んでる女性向けファッション雑誌に載ってる占いの、恋愛運にやたらと敏感に反応する高校生治房とかな!敏感に反応した後、自己嫌悪に陥るところまで妄想したんですけど、現代パロで団右衛門×治房妄想する前に、ちゃんと本編で話書かけよと気づいて自重しました(…) もういっそ、小幡勘兵衛と治胤も絡めた四角関係にしてしまおうか← 好きです、団右衛門×治房。どうあがいても、治房が質の悪い男に引っ掛かったようにしかならないけれども。

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2008/12/25 (Thu) ひどく中途半端にクリスマス


 クリマスマスに間に合えー!と、明石さんの出てくる話な明石さん+秀家+豪話(notクリスマス話)を書いていたのですが、物の見事に間に合いそうにないので、追記に書き終わった一部分だけ載せてみます!今度書きあげて更新します!みたいな…感じ、で……ぐだぐだですみません……おまけに、前置き部分なので、明石さん+興秋な具合になってます!すみません!

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2008/12/25 (Thu) クリスマスとか


 クリスマスですね!ケーキも何も食べてないですが!良いんです、仏教徒ですから祖父ちゃんの墓浄土真宗ですから、良いんです!(…) さ、寂しくなんか!(あああああ)
 そういえば、徳川が禁教令を出している中で、キリスト教を禁止していなかった豊臣領だとやっぱりクリスマスをやってたのかな。キリシタンじゃないけど、ちょっとした好奇心で教会にクリスマスのミサを覗きに行く糺と治房と長秋を妄想したら、例の如く萌えたっていうそれだけの話なのですが!← 重成は秀頼と一緒にお留守番で、帰ってきた糺からの土産話に目をきらきらさせてると良い。冬の陣辺りの頃だと、講和が成ったばっかりでごたごたしてたから、クリスマスやってる暇は無かったのかしら。いや!でも明石さんなら!何かやらかしてくれたと信じてる!だって、いつの間にか手勢が増えてて、おまけにどこからその増えた分がやってきたのか謎だとか書かれちゃってるミステリアス明石だもの!こいつぁ、するぜ、何か←←

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2008/12/24 (Wed) 里


真田居酒屋
いつか、この居酒屋で一杯引っ掛けようと心に決めました←

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2008/12/23 (Tue) ごちゃっと


 六角家繋がりで、ちょいちょい蒲生家のおおまかな流れにも指先1mmくらい手を出しかけてるんですが← 蒲生家といったら氏郷!てくらい、氏郷の印象が強いせいかなんなのか、蒲生家って東北というイメージが強かったので、近江時代の蒲生家は新鮮で面白いです。あと、孝蔵主の川副家も、蒲生家と地味に縁戚なので、そこらへんでも無駄にテンションがあがります。孝蔵主の妹が、氏郷のお祖父さん(定秀)の弟に嫁いでるのを見るに、孝蔵主って結局お前何年生まれなんだよと← ただ、お祖父さんの弟は弟でも、女兄弟も含めると九番目の子どもというかぶっちゃけ末っ子だったりするんで、やっぱり結局年齢の判断がつかないっていうね!孝蔵主の弟が、1565年に戦死する小倉実隆(氏郷の叔父さん)に仕えていたとされていることを考えると、1540年代生まれか、若くても1550年代生まれなのかなぁと思うのですが。とはいっても、ここでは1560年生まれでゴリおしますが…!(お前)
 蒲生貞秀と小倉実澄の義兄弟コンビが格好良いのですけど、この二人に手を出すとなると、六角は定頼飛び越えて高頼の時代にまで遡らなくちゃいけないわ、浅井は亮政を遡って直種と直政の代にならないといけないわで、手を出す予定は今のところ無い、です← 確か、小倉実隆の息子が大坂の役で、豊臣方として城に籠ったんだっけ。うん?孫?(…)

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2008/12/22 (Mon) 現し世十題


 唐突であれなんですが、ちょいちょい、戦国期真っ只中な近江の話を書いてみたいなー欲求が高まってきまして!でも、頭の中で妄想してるキャラが、未だに良く掴めていないので、SSS崩れで軽くお題でも消化しながら、掴んでいこうかなぁと。気が向いた時に消化、な感じになっていきそうです。


[現し世十題]
みんな、仮面を被って生きている(六角定頼+六角義賢)
幼い自分を殺して生きてゆく(六角定頼+六角親泰)
手をとって 世界が終わるまで踊ろうか(浅井亮政×浅井蔵屋)
いつか死ぬ日を想う微笑み(京極高清+京極高吉)
君が泣いていると知っていたのに(浅井明政+浅井久政)
「泣く位なら 生きてみろよ」(浅井亮政+井口経元+井口阿古)
どんな責苦より、貴方のその言葉が(六角氏綱←六角定頼)
言葉よりも体温が欲しい(浅井久政×井口阿古)
何も無い自分に一体何が残るというのだ(浅井明政×浅井鶴千代)
今日もまた色の無い一日が、始まる(京極高広)
配布元:rewrite

 お題に登場する人物やカップリングは変わるかもです。取り敢えず、こんな予定で。


 追記に、「みんな、仮面を被って生きている」(六角定頼+六角義賢)

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2008/12/22 (Mon) 妄想的なあれこれ


 友達と今日は遊びにいく予定だったのに、地元の線がまぁた事故で止まりやがって行けなくなって、むきぃいい!なことになってる干身です。こんばんは← い、いいんだ!レポートまた一個終わらせたもん!だから良いんだ!うん、うん!!
 ということで、悶々と又治について妄想してましたすみませんごめんなさい。むしろ、妄想というか、うちの又治ってどういう関係に当てはめれば良いんだ?と。恋人なんて言った日にゃ、二人そろってウゲとか言いそうだし、友達も何だか違うし、仲間も違うしなんだろなぁと考えた結果、その、情人がしっくりきてしまった自分の頭がそろそろ気持ち悪いです豆腐の角にぶつかってくれば良いのに。からっからどころか、爛れてますよお父さん。史料を読んでて、この二人のやらかしたことを見る度に、こいつらはlikeでもloveでもなくて、needなんだ!とか考える頭をそろそろ自重させた方が良いと思いました(…) 

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2008/12/21 (Sun) レポート


 レポートがようやく一個終わりました!あ、あと三個!……いやもう本当、何でこんなに溜めたのか、ちょっと前の自分を小一日ほど問い詰めたry

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2008/12/20 (Sat) 治純とか


 何だか、金地院さんが貞隆へ送った書状にある、「治純が家康へ謁したことに安堵しました」的な一文って、どういうことなんだろうなぁと、もんもん考えていました。ただ単純に、大坂へ使者として行っていた徳川旗本が、城へ籠もることなく帰ってきたことを戦力とか体面的な意味で喜んでいるのか、それとも、個人的な感情入りで喜んでいるのか、どっちかなぁな具合で。個人的には、後者が萌えるんですが← 冬の陣が講和で終わった後、これから駿府に帰るよーな書状を、治純は金地院さんに送ってるし、治純と金地院さんの二人が仲良しだったら滾るわけで!(お前) ほんと、夏の陣後の治純の動向が知りたい。どうなったんだ、奴は……。

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2008/12/19 (Fri) ごちゃっと


 PC版のサイトに置いてある年表を、すごく久々に更新しました。今まで以上に見ずらいことこの上ねぇ…っ!ネット情報や本などを読まず、史料だけでやってこうぜ!なんていう、お前馬鹿だろとしか言えない枷を自分に嵌めてしまったので(…) 物凄く更新遅い上に、自分用メモ以外の何ものでもなくなっている代物ですが、生ぬるく見守って頂けましたら幸いです。ほんと、もう、まったく言い分の違ってる人達の調書とってる気分と言うか!おま、さっきの人ああ言ってたんですけど、あなたと言ってること違うんですけどぉおお!な具合でして、はい← 自分の家が活躍したんだぜ!って残したいのは当たり前のことなんだろうけどさ。
 話は大分飛ぶんですが、秀吉の、秀勝(於次丸の方)可愛がりぶりに打ち震えました。秀勝が病気になる度に、物凄い勢いで寺に平癒祈願してたり、お気に入りの医者な竹田定加を送ったりなぁ…秀勝の持つ織田家の名目が惜しいからかなと、最初は思ったのですが、秀勝が病没する時期って、もうそれほど織田の名目が必要な時期でもないし。純粋に可愛かったんだろうなと思ったら、何かこう、いてもたってもいられなくなりました(落ち着け) おまけに、秀勝が秀次と歳が近いか、もしくは同い年であることに、おおおお!と。同じ養子は養子でも、信様の息子である秀勝と秀次じゃ、扱いが違ったのかなぁとか、秀次は秀勝に対して羨望とも憧れともつかないものを抱いてると良いなぁ妄想とか、色々ひどく、なり、まし、た…っ!
 私の中で、秀次は十代後半辺りまで、秀吉からのお説教の手紙にあるように、秀吉の甥であることを鼻にかけてぶいぶい言わせてたけれど、色々あって、人格者になっていったんじゃないかなぁな妄想があるので、秀勝の死が、成長するきっかけの一つになってたら萌える!な結論に至りました← 




 秀次→秀勝ってあry

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2008/12/18 (Thu) 乙式で


 ちょいと、乙式三人で絵茶してきましたー。夏に、また乙式で本が出せそうです。………ボカロで← あれは、着々と裸を描いていくクイさんと桐生が悪い!(お前) 深夜に、幼女とひんぬーしか叫ばなかった気がしますよまったく!←← まだ詳細は決まっていないのですけれども、報告だけ一応!夏が近くなって更新が今より更に遅くなったら、ああ、原稿やってるんだなと生温い目で見守って下さい……ああ、でも、ボカロも出したいけど、また大坂でもやりたいなぁ。もしくは浅井とか!(飛びましたね)

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2008/12/17 (Wed) 更新事


 もう昨日のことですが← 本当に久々過ぎる更新ですみません!本当は前後編にならず、一つの話で収めるつもりだったんですけど、予想外の部分が入りやがりまして……幼馴染みーズ登場させる予定無かったのに、何でいるんだお前ら…明らか、欲望に忠実になった結果ですがね!(…)
 更新した話の中で、侍女の人たちが怪我人の手当に駆り出されているのは「お菊日記」で、大坂城落城の日に菊が負傷兵と遭遇した時、手当をさらりと求められていたり、大津城攻め合戦屏風で、負傷兵の手当をしている女の人たちが描かれていたりしたことから、大坂城に勤める女の人たちも負傷した人の手当に動いていたんじゃないかなぁと。ただそれがその時代の当たり前であったから、特に特筆されていないだけで。九割方単なる妄想で申し訳無いですが!
 そういえば、薄田さんをぐぐろうとして、検索欄に「薄田兼」まで入れたら、候補に「薄田兼相 オレンジ」と出てきて噴きました。アンサイクロンペディアの薄田さんの項がカオス過ぎるwwww 本家オレンジがジェレミアで、元祖オレンジが薄田さんてwwwwww 

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2008/12/16 (Tue) ごちゃっと


 昨日の日記で、治長欠乏症だって騒いでたら、なつさんが治長描いてくれてた…!やばい、なつさんとこの治長何あの子!剥きたい!色々!← 子供の悪戯にはまって呆然とする治長とか、妄想するだけで呼吸不全に陥るんですけど…!更に、学校でも、創作戦国をやっている友達に治長描いてー描いてーせびったら(うざいことこの上ない) その友達ん家のデザインでの、又治を描いてくれました!あああああ!悶える!無理言って、明らかにベーコンレタスってる構図にしてもらったしな!← うちのからっからに乾いてる、むしろ互いに抱いてるのが恋愛感情かどうかすら怪しい又治では絶対に出来ない構図なので、眼福兼お腹一杯になりました。これで保つかな……二日ぐらい!(お前)

 そういえば、また図書館で大日本史料を漁っていましたら、今福の戦いにて「お前が木村長門守か!」と聞かれて「如何にも、僕が木村長門守です!」て答えて、にこっと微笑む 重成に、目が点になった。にこっと微笑んだ後に、その人と槍を合わせるとかおま!本当にお前は重成だな!!やることなすこと、様になりすぎる。

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2008/12/15 (Mon) 欠乏症


 部屋を掃除していたら出てきた「花帰葬」のサントラを久々に聞いてたら、勝手に脳内で大坂の役BGMに変換してて、一人でああああなことになってました(…) やばい、あれはやばい。若江の戦いがあった場所は、戦死者の供養の為にたくさんの花が植えられていたっていう、新聞で読んだ記事が未だに忘れられなくて、それがさらに涙腺ドン!みたいな。花に埋もれて眠る重成と長秋と弘定妄想が、脳内を跋扈してたんです…どうしようもなかったんです…!重成と弘定のお墓は隣同士にあるようですが、長秋の墓はどこにあるんだろう。長秋も重成のお隣で!とか、夢を見たらいかんでしょうか←
 色々と妄想していく内に、その、誰か私に治長を下さい…!(お前) そろそろ、治長欠乏症に陥り始めてます。秀吉は、可愛かったり格好良かったりな人様の素敵秀吉を結構拝めているので、充電不足に陥ることは無いのですが!迂闊に検索なんてかけると、とんでもないものを見る羽目になったりするので、怖くて無作為に萌え補給も中々出来ませんし…掲示板で「蛆虫」呼ばわりされてたトラウマが、未だに抜けていないせいです← 中々「蛆虫」呼ばわりされる人っていないよ!大抵どこでもいらない子扱いだからね!おおおおお、何か、ちょいとばかし自分で書いててへこみそうなんで!(アホかと) 今日はここら辺でー。

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2008/12/14 (Sun) 話してみた


 今日、父親と色々話してたんですけど、秀次切腹のことに関して話が及びまして。取り敢えず、親子揃って、秀吉の、秀次妻子三十人越え殺しにうんうん悩んでました← 何で、あそこまでしたんだろうねぇと。秀吉が耄碌してたからだよ!で話を済ませるのは簡単なんですけど、それではなんというか、納得出来ないというか(めんどくさい奴だな) 取り敢えず、秀吉は秀次の謀反を本気で信じてたんじゃねぇの?という憶測が立ったりしました。秀次が謀反する=秀頼が殺される、という公式が秀吉の頭に出来あがって、その憎悪みたいな奴が、秀次の妻子達に向けられちゃったんじゃないのかなぁと。秀頼に家督を渡したいから、謀反の罪をでっち上げて秀次を殺したわけじゃなく、秀次が秀頼を殺すのを恐れて殺した、みたいな。秀次だけ殺してたら、秀頼に家督を渡したいから、だけで納得出来るんですけど……。秀吉の、秀頼溺愛ぶりを見るに、秀頼に危険を及ぼす人間(例えそれが誤解だとしても)には、容赦しないんじゃない?な感じで、はい!← 
 歴史にIFは無いですけど、秀次が生きていたらどうなってたんでしょうね。どっちにしろ、豊臣は弱体化するよと、父親には切って捨てられましたが。まぁ……うん、家督争いが発生する可能性は零とは言い切れないよね……家が弱体化する理由って、大体が家督争いだし。前当主の幼い実子なんて、担ぎあげるには丁度良すぎるし。名目上秀頼を担ぐ家康VS秀次っていう図式になってたりして(どうだろう)
 ちょいと、脳内で秀次の設定を妄想してたら、どう文化人文化人脳内で唱えても、近所の気の良い兄ちゃんにしかならない!←

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2008/12/12 (Fri) 事典で諸々


 今日、ちょっとお勧めされた「戦国大名閨閥事典」を読んでみました。小和田先生編集のようで、成程と。海津局さんの死没した年が載っていたり、京極浅井六角についても載っていたので、おおおおとなりました。海津局さんの死没年が載っている通り1655年だとすると、1630年死没の直政は、海津局さんより早く死んじゃったんだなぁ…。というか、海津局さん物凄く長生きですね。父親と実家を失う小谷落城を経験して、戦乱を生きて、更に夫と妹と主人を失う大坂の役も体験してって、変に若い江戸時代の侍よりも戦のことを知ってそうだよ本当に。生き字引きな感じになってそう←
 京極と浅井と六角のところも読んでみたんですけど、やっぱり、久政と朝倉義景って異母兄弟なのかなぁ。六角能宗が二人の父親で。だとすると、何か色々深い、ような。京極高広高吉兄弟についても、実は高吉は、高清に自害へ追い込まれた材宗の子なんだよ!って書いてあって滾りました。この兄弟の一番大きい悶えポイントはやっぱりここですよ!高吉が、妻のマリアさんと一緒に切支丹になったのは、自分の病気だけが理由だけじゃなくて、高広のことも絡んでると良いなぁと。お互いに、相手を殺すか失墜させるかのためだけに、半生費やしたようなものだもの、あの兄弟。あと、やっぱり、定頼が格好良かった、です…!幕府では常に少数派に与する的なことを書かれちゃってる定頼に痺れる。おまけに何やら、三好長慶VS六角定頼の戦いがあったって、マジですか! やばい、熱い、熱すぎる。定頼VS亮政も、かなり熱いですけど!何だか、この時代の近江って、萌より燃えな感じがします。
 そういえば、大永五年に、亮政が定頼に負けて美濃へ一旦逃げ延びた時、蔵屋さんとか一族はどこにいたんだろ。小谷に籠り続けてた、とか?うん?(…)

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2008/12/12 (Fri) 十代ズ


 直政×明石さんの娘で何か書いてみたいなぁと思ったんですが、名前分からねぇよ…! せめて、洗礼名とかでも良いんで残ってないかな…明石さんの子供なら、本人の意思とかまったく関係なしに、ちっさい頃から洗礼受けさせられてそうだよねと← ネットで検索してみたら、モニカさんと一緒に、明石さんに付いて入城したカタリナという娘がいるようですが、この人が直政の将来の嫁だったりしないのか、な。幕府に提出した家系図に、がっつり、わざわざ幕府にとっては犯罪者である人の娘だと書いちゃってる位なんで、直政の嫁は明石さんの娘な可能性が高いような気がするのですけど。
 ほんと、この直政×明石さんの娘を妄想すると、滾るんです…!物凄く、ほのぼのな感じがしまして!明石さんとモニカさんの入れ知恵で(…) バレンタインとかしてると良いよ!確実に、饗庭さんや長秋が囃したてにくるけどな!← 大分、直政と明石さんの娘に夢見てます…脳内でボーイミーツガールな具合になってます。年齢的にも、直政が夏の陣の時点で十五歳(数えで十六歳)でいくとなると、ね!(知らないよ) 大助、勝家、治安、(もしかしたら)治徳、直政、明石さん娘とあと青柳な、大坂城の十代達が、ちょっと熱い。もう皆できゃっきゃうふふしてきなさい!←←

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2008/12/11 (Thu) 家臣とか


 「北村甚太郎覚書」という、関ヶ原の時に田辺城へ籠城した人の記録をちょいと目にしたんですが、同じく籠城した人の宮津衆という括りに、ちょいちょい北村姓の人が出てくるんですよね。宮津って、治長父の居城だと伝わる大野城のある大宮と同じく丹後ですし、「宮津府志」だと、治長父は、浅井が滅んだ後、故郷の丹後へ帰り、幽斎に仕えたともいわれていますので……治長家臣の北村善太夫は、宮津出身なのかなぁと思ったりしました。いつもの通り、根拠の無い妄想なんですけどね!← 何かごちゃごちゃあって、治長父に仕えてた善太夫は、治長父が死去した後、そのまま家督継いだ治長に仕えたのかなぁ、やら色々妄想が止まりません。ただ、「網野町年代史」だと、治長父は、一色に仕えてたっぽくも書かれているらしいので、何が何やら。一色家が滅んだ後、海賊に与してぶいぶい言わせてる治長父に痺れた←←
 治長家臣繋がりで、どうやら湯川権八は、紀伊の土豪的な人で、夏の陣が始まるか始まらないか辺りで、大坂に籠城した人のようです。あと、また例の如く、治長治房の混同が起こって、治長家臣とされていますが、やっぱり治房家臣だったんだろうなぁ実際と。まぁ、治長が紀伊に領地を与えられていた時に仕えたという設定で、ここでは突っ走りますが!(お前) 

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2008/12/10 (Wed) 何ぞや


 どうでも良いんですけど、いつも使っているネタ帳に気づいたら、
 団右衛門×治房 鬼畜 ヤマイモと書いてありました。






 …………ヤマイモ?

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2008/12/09 (Tue) 治長辺り


 今ちょっと、東京大学史料編纂所のホームページで、がちょがちょ検索するのが楽しくて仕方が無いのですが。そこで、ちょいと見つけた「優曇華院文書」に入っているらしい書状の差出人にある、「大野弥三郎」って、やっぱり治長のことなのかな。治長の通称が弥三郎らしいという話は聞いていたのですが、実際に目にしたことはなかったので、おおおと。この弥三郎さんが治長と同一という確証は無いのですが、一緒に差出人の所に名前を連ねている「片桐加兵衛」という人は、片桐貞隆さんかなぁと。「兵庫県史」に載っている書状にて、加兵衛の部分に、貞隆と注釈があったので。んでもって、貞隆と名前を並べる大野弥三郎と言ったら、やっぱり治長しか思いつかなかったものでして……。差出人が誰々で、受け取ったのが誰々だよ!程度しか分からない検索がもどかしい!一体何があの書状には書いてあったんだ…!
 あと、また慶長四年の五大老(利家の代わりに利長)連署の知行宛がい状で、大野半左衛門という人が、二百石を与えられているのですけど、この大野さんは、治長家系の大野さんと何か関係があったりするのかしら。「史料綜覧」だと、どうやら慶長四年の段階で、治房は豊臣家の代官所を預けられていたようなので、もしかしたら治房かなぁという、根拠も何も無い妄想が← 慶長四年の時点での治房なら、知行二百石が妥当かもしれない、ような。治純は、市兵衛だし…それに、もっと貰ってても良いような気がするし。治胤は、養子にやられたor豊臣家を出て行った時期がよく分からないので、ちょいと外しまして。ぶっちゃけ、治長の大野家とは、まったく関係無い大野さんかもしれないんですけどね!←

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2008/12/08 (Mon) 彼と彼


 何だか、唐突に書いてみたくなったので、薄田さん(仮)+長秋でSSS崩れをば。この二人が絡んでいる逸話は今のところ発見出来ていないので、完っ全に妄想ですが(…) 
 敵に囲まれながら、薙刀片手に大暴れした果てに討ち取られる薄田さんの異常な格好良さと、「鉄の棒で殴り殺そうが、刀で切り殺そうが、結局同じことだろうが」発言にちょっと痺れた記念に← あ、最期は数人がかりで討ち取られたほど、暴れた仲間だよねこの二人。
 史実で妙に絡んでいる、薄田さん+又兵衛の話もちょいと書いてみたいです。薄田さんって、そういえば道明寺の時、又兵衛の与力だったんだよなぁと。

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2008/12/07 (Sun) 色々妄想してみた


 伊木さんのことなんですけど、慶長四年の、五大老連署の所領に関する書状の一つにある「伊木七右衛門入道」宛の書状は、伊木さんあてのものなのかな。ということは、伊木さん、入道って、え、出家済み?わ、分からん←
 あと、それから、伊木さんって幸村の監視に付けられた人なのかなぁと思ってたんですけど、「落穂集」だと、幸村が、出丸が出来た時に、誰か相談出来る人が欲しいと願って与えられたのが伊木さんだということになっています。今のところ、伊木さんが幸村の監視だったというものを見つけていないので、個人的には、「落穂集」を信じたいところですが……。「幸村を本当の味方だと思うなんて、上の判断間違ってるぜ!」的な噂が城中で流れたと、三人衆が五人衆になったよ!な「落穂集」に載っている話の中にあったので、その上の中に、治長が入っていることは確かだとすると、幸村に監視を付けるかなぁと。ぶっちゃけ、治純の存在がある時点で、治長に幸村を疑う資格は無いと思います先生← 弟が現役徳川旗本で、うろちょろ城中出入りしていて、おまけに慶長19年の6月に駿府まで家康へお礼をしにいった元徳川旗本の男が、人の内通を疑うって、ちょ、おま、的な。ただ、治長は心の底から牢人衆を信じてもいなかったのかなと。七手組頭達の内通を疑って、組頭達には、一人も牢人を付けさせなかったとしているものもありますし。伊藤さんとか伊藤さんとか伊藤さんとかいたしね!(…) ほんと、伊藤さんの面の皮の厚さには感服です…。幸村内通してんじゃねぇの?な噂を流したのが伊藤さんだと滾るなぁ。伊藤さんは手段を選ばない人だと良いよ。
 七手組頭達を、はやいとこ出してみたいです。特に伊藤さん。片桐さんに、心の底から懐いてる妄想が、ちょいと。ぶっちゃけ、青柳のお父さんが、片桐さん派だった七手組頭の一人な頼包さんで、重成が片桐さん殺す!な内の一人だったことを考えると、良く結婚出来たなあの二人と思います。あれか、結婚に反対する頼包さんを大蔵さんが捩じ伏せry……茶々とか秀頼の執り成しがあったんだよねきっと!うん!←

 

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2008/12/06 (Sat) 餅



餅 餅箱
 親がお土産に貰ったので、秀吉のことを妄そ……偲びながら食べておきました。何だか、北野の大茶会の時に、この長五郎さんの餅が茶菓子に使われて、秀吉に気に入られたとか。創業天正年間って、すごいなぁ。
 そういえば、ちょいと前なんですけど、「黄金太閤」読み終わりました。本当は、唐入りにおける小西の和平交渉は、秀吉の許可済み、もしくは命令だったんじゃないのか?という説が興味深かったです。これだけで、そうだと断言は出来ないんですけど、通説を見直すきっかけにはなるんじゃないかなぁと。今までの、小西が秀吉を騙して和平に動いた、じゃ説明のつかないことが、確かに幾つかあったので。日本側の史料だけじゃなく、あちらさん側の史料を用いているのも面白かったです。この本に載っていたわけではないのですけど、朝鮮の重臣だった金誠一さんの書いた「鶴峯集」だと、「倭奴幾ばくもなし、半ばは叛民、極めて寒心すべし」と書いてあったり、朝鮮の奴隷階級の人たちが協力したりしたらしいので、唐入りについてもっと研究が進むことを期待。
 「黄金太閤」を読んじゃうと、秀吉が晩年耄碌してたとは思えないんだよなぁ…むしろ、手は尽くしたけど、万策尽きた感が。

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2008/12/05 (Fri) つまみ食い



 レポートが三つ溜まっているにも関わらず、秀秋のことまで調べようと触手を伸ばしているんですが(恐ろしく采配の影響です)(ああああ)
 「大日本古文書」の毛利家のに載っている慶長4年の書状で、秀吉の遺命により筑前筑後を秀秋に与えるっていう五大老連署のものがあるんですが……どういうこっちゃ?← 秀秋って、越前に減封されそうになっていたのを、秀吉の死後、家康の執り成しで免れたとか思いこんでたのですけれども、そういうわけじゃなかったのかしら。それとも、別に秀吉はそんな遺命残して無かったけど、良いやでっちあげちまえ!とか?(どうだろう) ただ、五大老連署なことを考えると、やっぱり秀吉の遺命だったのかなぁと。あと、秀秋が名島時代に、疱瘡に罹っていたとか。その秀秋を見舞う輝元と、見舞った輝元に、秀秋を見舞ってくれて有難う的な書状を出す秀吉にちょっと萌えた(お前) 
 あと、秀秋とは関係ないんですけど、秀吉の小姓時代清正宛書状で、宛名が加藤虎殿になっていたのに悶えたら駄目ですか。虎て、虎て…! 普段から秀吉がお虎お虎呼んでたっつーことで良いのかしら。あ、あと、秀吉と浅野の長政さんが義兄弟の契り結んでた^^^^^^ ……そっちの意味で解釈して、オケ?(黙れ)

 つーことで!レポートの作業に戻ります!何故溜めたし…!

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2008/12/04 (Thu) 設定変更の予定


 改めて、また冬の陣が講和で終わり、治安が人質に送られる辺りを大日本史料で読んでたんですが、やっぱり治徳との混同が物凄くてですね…治徳の年齢をまたどうしようか迷っています。すみません!優柔不断でほんとすみません!治安17歳の治徳24歳とすると、7歳も離れてる兄弟を間違えるか?と、ちょいと。しかも、相当、徳川方は治長の嫡男を人質に取ることに執心していて、その結果治安を人質にとったわけで。でも、史料の表記は治徳の信濃守なわけでして、嫡男をあちらさんが間違える位なら、7歳も離れているのはどうかなぁと。あと、治徳を24歳としている史料は、重成を34歳としていたり、勝永を60歳としていたり、長秋を刑部卿さんの子としていたり、ちょいとうーん?な代物なので、24歳じゃないかもなと← ということで(…) 治徳の年齢が17歳に気づいたら戻っているかも、です!ショタコン治徳も捨てがたいのだけども!
 治徳として最後まで押し通しているので、よっぽど治安は治憲と似た見た目だったのかなぁ妄想により、17歳の、初期設定二卵性双子から、一卵性双子に持っていこうかなと…それくらい凄まじい混同のされっぷりでして…。一卵性なら、もしかして治純にもばれないかもしれないし。いや、わざと治純が見て見ぬふりをしてくれたということも、なかりしもですが。
 二人とも、治長似にしちゃおうかなぁ。いや、それはさすがにうざry 
治長の子は全員、母親似で良いかも。本当に、設定がころころ変わるサイトですみません!今の仮設定から、本設定になったら、こんなことも無くなると思うので…!

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2008/12/03 (Wed) 貰いものとか


 ちょっとあれでそれでごにょごにょな薄い本を貸したお礼に(…) 友達に治徳を描いて貰いました!実は、クイさんや桐生に絵に起こして貰っていなかっただけで、デザインだけは出来ていたのですが。描いて貰った絵が余りに美しくて、まさかこいつにシスコンブラコンファザコンショタコン(大助限定)属性があるなんて、誰も思うまい←
 許可を貰ったので、追記にちょいと貰った絵を載せてみますー。

 そんでもって、更新した行清話に出てくる、明石さんの通称「源三郎」ですが、お父さんである景親さんの通称を、もしかしたら明石さんの通称もそうだったかもなぁと流用しただけですので、ご注意を!

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2008/12/01 (Mon) 滾りました。


 亮政と六角定頼の生まれた年が近い…だと…!? ああああああ何だそれ萌えるじゃないか!←  定頼が還俗した年と、亮政が浅見さんから権力を奪った年も近いって、おま!というか、やばい、定頼、格好良い…亮政も格好良い…ぶっちゃけ、応仁の乱から浅井が滅ぶまでの近江が熱すぎる。
 そんでもって、高清が、長男の高広でなく、次男の高吉に家督を継がせようとした理由って何だろうなぁとネットをがさがさ漁ってたんですが、ますます分からなくなったというか、そもそも高吉は高清の子じゃなかったんですね。高清の従弟の子で、それを養子にして、でも実子より可愛くなっちゃって家を継がせようとしたとか、そんな感じ?おまけに、高吉の父親と兄は、高清によって自害に追い込まれてるとか、おま!……やばい。幼少期の高広と高吉を妄想すると滾る。養子の筈の弟ばかり、大分病んだ具合に愛する父親と、養子の癖に病んだ愛され方とは言え、愛されている弟を眺める高広みたいな!(お前) 根深い、根深いんだぜこの兄弟。高広の年齢が分からないので、同じ歳だと滾るなぁと。多分、高清が高吉に家を継がせようとしたのは、罪滅ぼし的な意味合いがあったのかなぁと思ったり思わなかったりなんですが。
 うっかり、この時代の近江に手を出していたらご免なさい。とにかく、熱いんです。何たる戦いの連鎖…!何たるネームバリュー!足利将軍家も細川家も三好家も斎藤家も朝倉家も浅井家も六角家も京極家も絡むとか、豪華すぎるだろう!あと、本当に定頼が格好良い。何あの人ってくらいに格好良い← 亮政が良い意味で土臭い格好良さなら、定頼はスマートな格好良さというか…うん←←

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