何か吐いてみる//
乙式、主に暇人干身がだらだらと萌えに任せて吐き出す場所です。創作戦国について主に吐き出しています。同人、腐要素、注意報常時発令中です。
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2009/02/28 (Sat) 拾いものバトン



 「76」の中様が面白そうなバトンをやってらしたので、勝手に拾ってきてしまいました。すみません!

◆まず、質問を見ないで、自分のキャラ12名を挙げてみましょう♪

【1】毛利勝永
【2】内藤長秋
【3】木村重成
【4】後藤又兵衛
【5】大野治長
【6】長曽我部盛親
【7】真田幸村
【8】青柳
【9】大野治房
【10】渡辺糺
【11】明石全登
【12】大野治胤

 番号はあみだで決めてみました。接点がある人たちの方が面白いと思ったので、大坂の役面子で統一しました。ということで、追記に続きを!


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2009/02/27 (Fri) 本感想



 「神将大坂の陣」読み終わりました。
 まず、どこから感想を吐き散らせば良いんだか分かりませんが取り敢えず、勝永と盛親、お前らそうきたか…っ え、ええええええええ!だったよこっちは!
 都草が、小さい頃の茶々と治長の二人が初めて覚えた花の名前だったとか、細々と萌所を突かれました。追記に、ネタバレ感想をば。

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2009/02/27 (Fri) 遊び遍路




 昨日(一昨日?)は、四季猫を観に行ってた桐生とクイさんに途中合流して遊んできました。久々に乙式でモンハンをやったよ!harunagaが華麗に宙を舞ったよ!(吹っ飛ばされ的な意味で) 本格的に、秀吉でワールドイズマインの替え歌が出来そうな気がしてきたのは、秀吉に「わがままなんていってないんだから!」を言わせたい余りの妄動だと信じようと思います←

 そんでもって、今日(昨日?)は「凰-OH!-」の蜜木なつさんにデートに誘われ(…) 時代屋に行ってきました。こんなに連続していくのは初めてなんだぜ! 城塞セットというのを食べました。美味しかったついでに、アンケートに、治長関係のグッズ置いて下さいって書いたのは秘密です。カラオケは本当イメソン探しに二人揃って勤しんでました。なつさんの歌った冥王が聞きたいよ冥王。六角兄弟ソングとは何たる。でも、なつさん提案の朝倉の義景兄さんイメソンが個人的に神だと思うよなつさん。むしろ神過ぎて義景兄さん涙目だと思う(…)
 話した会話の殆どが六角家についてだったというか、定頼様についてだったんですが。 駄目だ。もう、様付けじゃなくちゃ呼べなくなってやがる← なつさん家の定頼様がえらいことになり始めたことに、一人はすはすしてます。

時代屋
美味しかったです。立ってる旗は、持って帰りました(…)


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2009/02/27 (Fri) 拍手お返事




 いつも拍手を押して下さり有難う御座います。
 追記に、ブログ拍手お返事をさせて頂きます。

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2009/02/25 (Wed) ちょっと感想



 「妖説太閤記」を放置しげふんごふん、ちょっと置いておいて、「神将大坂の陣」を途中まで読み進めました。治長嫁の存在が抹消されててちょっと涙目だったけどね!生涯妻を娶らず、って、ちゃんと嫁いたよ治長!
 それでは、ネタバレにならない程度に、萌所(…)を箇条書きに。


 ・皆にヨハネ殿と呼ばれる明石さん。
 ・口調が芝居がかって大仰なせいで、本心が人に伝わってない明石さん。
 ・大人たちに振り回されてる重成。
 ・やたらと重成のところに顔を出す又兵衛。
 ・夜が明けるまで繰り広げられる大野兄弟の兄弟喧嘩。
 ・これでもか!これでもか!と美形描写される治長。
 ・怪しげな占いにどんはまりしてる治胤。
 ・惚れた遊女の為に命を張っちゃう薄田さん。
 ・治長に、重成を百万の兵を指揮出来る将に育てたいと常々口にする又兵衛。
 ・テンションが異常に高い団右衛門。
 ・三成を尊敬している重成。
 ・又兵衛と真面目な話してたのに、又兵衛がいなくなって、行商人がやってくると「焼酎!」て叫びながら焼酎を買いに駆けだしていく幸村。
 ・治長の行動全て(…)


 勝永と盛親が、影も形も見えない……。名前すら出てこないってどうした。
前半は、とにかく明石さん祭りだと思います。ヨハネ殿の響きにおいちゃん負けたよキュンときたよ。

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2009/02/24 (Tue) 龍子さん



 ねねの弟(兄?)の長男次男(勝俊と利房)が、実は龍子さんと武田元明との間に生まれた子供なんじゃないかっていう異説があるんですね。『群書系図部集』第三 若州武田家系図別本に、それっぽくほんのぉおおり、臭わせてる程度らしいんですが。元明が処刑された後、ねねが、本来は処刑される筈だった龍子さんと元明の子供二人を引き取って、家定の子供としたってことなのかな。この説が本当かは分からないですが、もしも本当だったら、何だか興味深いですね。秀吉の妻トップ3が、がっちり結ばれてる感じがして。
 龍子さんが国松(秀頼の息子)のお墓の傍らに、自分の生前墓を作っていたことに鼻の奥がつーんとした身としては、この異説が本当であって欲しいなと思ってしまいました。写真でしか見たことがありませんが、本当に、寄り添うように、国松と龍子さんのお墓があるんだものなぁ…豊国神社に移された後も、二つしっかりと並んでいることに、おいちゃん涙腺が緩みっぱなしです(…) やっぱり、国松を養育したのは初じゃなくて、龍子さんなんじゃないかなって思います。何か、もう、うわああああってなる←

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2009/02/23 (Mon) 和議諸々



 今まで図書館からコピーしてもらったのをちょっと読んでいたんですが、治長が本格的に和議に応じるようになったきっかけは、11月24日に治純の持ってきた、今まで自分が諸大名に宛てた書状だろうなと。秀頼につくよう、諸大名へ送った書状が、全部家康の元に渡っていて(すなわちそれは、受け取った大名が家康へ渡していたということで)もう、どの大名からの味方も期待できない状況になったら、そりゃ和議にもなるよなと。縁のある大名の味方頼みみたいなところがあったしなぁ。それが期待出来なくなったら、出来るだけ好条件で和議を結ぶ路線に、治長は方向転換したんじゃね?というのは、「真説大坂の陣」に書いてあった言ですが、私も、多分そうだったんじゃないのかなと思ってます。
 城内での米価格の異常な高騰、弾の不足、木製の銃まで使わなくちゃならない状況に加えて、外からの味方が期待できないとあったらさ。ただ、12月3日の段階まで、秀頼は和議に反対していたらしいので、その後に、もういっちょ何かあったんだろうけど。大筒は既に11月の晦日に櫓目掛けて使用され済みなので、やっぱり茶々が大筒を恐れて和議を結んだというのは、可能性が薄いと思います。

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2009/02/22 (Sun) 妙心寺展(その2)



 妙心寺展に行ってきました。目当ては海北友松の花卉図屏風だったので、見ることが出来て満足です。あの華やかさには本当、圧倒されます。あと、三成のお父さんがイケメンで噴いた。び、美初老!ああいうのをきっと美初老というんだ!子供は殴って育てる!という気骨が滲み出ているお父さんの肖像画でした。あのお父さんなら、確かに三成が生まれるよなという感じ(どんなだ)
 二条昭実夫人像というか、三の丸殿の肖像画も展示されていたのですが、細川昭元夫人像が展示されて、二条昭実夫人像も展示されたのなら、大野治長夫人像も展示してくれたって良いじゃない!と思ったらダメでしょうか…三名幅が三つとも揃った所を見てみたい。でも、何か事情があって展示できないとかなのかな。損傷がちょっと激しい、とか。四百年近く前の物なんだものなぁ。夫婦仲良く並んでいる、伊達政宗夫妻像とかも、展示替えで新たに展示されていました。
 平常展の方もぶらっと見に行きまして、兎耳兜を初めてみた…!可愛いな畜生!
 史学の学科に通っている友達と行ったので、色々と補足の説明をしてくれたりして助かりました。重要文化財って、一つの所に四十日しか貸し出されないのとか初めて知りました。だから期間の長い展示会の場合、展示替えがあるんだとか何だとか。他にも、昔の鎧に使う黒い紐は、染色に鉄を使っているから傷みやすいとか、知らないことがぼこぼこと…。

 帰りがけに時代屋へも寄ったんですが、立ち読みした秀吉が天下に立っていた頃の京都の地図に、萌え滾るかと。治長の屋敷が、伏見城に、近すぎる…っ!お膝元も良いところじゃねぇか!名護屋城の治長の陣も、かなり城に近いらしいし、そんなに秀吉は治長を手元に置きたかったのだろうか(邪推です) いや、でも、ほんと、近い!何で!?て位に近い!

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2009/02/21 (Sat) ifもの



 if戦記もの(と呼べば良いのでしょうか)って、殆ど読まないんですが、これは…これだけは……指がクリックしちまってたんだぜ……っ
 『神将大坂の陣』という、名前の通り大坂の役を舞台にしたifものの小説です。治長スキーの茶々スキーの譜代スキーとしては、恐ろしくてとてもじゃないけど大坂の役関係の小説なんて読めない!で来たわけですが、今後も多分、その路線で行くと思うんですが、これは本の内容説明がいけなかった。
 冬の陣も終わり、だけども近い内に起こるであろう戦いの予感に、五人の、仁、義、礼、智、信に秀でた将を選ぼう!なんつーどこの里見八犬伝な展開になるらしいです。で、その五人の顔ぶれが、私に迷いなくクリックを押させやがった。 重成、幸村、辺りは納得のメンバーだとして、塙団右衛門、速水守久、大野治長………ちょ、ま、おまぁあああああ! これは かうしか ないだろう(サムズアップ)
 今まで扱いが五人衆にはちょっと及ばないよねーな団右衛門とか、いっそ名前が出てくるだけで奇跡速水さんとか、小物小物然とした書かれ方をされることはあれど、ちゃんとしたメイン扱いで戦えるなんて奇跡かいこれ!?な治長と来たら、私は吐血しながらマウスを握りしめるしかありませんでした。治長が出張るのも嬉しいけど、何より、やっと速水さんが日の目を見てくれたような…っ 良かったねお爺ちゃん!
 まぁ、感想とかを見るに、ちょっと内容として面白いかどうかは微妙らしいんですが← 良いんです。良いんです。

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2009/02/20 (Fri) 京極さん家



 『北畠氏の研究』とあともう一冊『北畠太平記』という本を買ってみたわけですが、知りたかった定頼と戦ったことについて書いてない…だと…?うーん、天文十一年にあった出来事らしいのですけれども、大日本史料とかにこの辺の史料が載ってないか調べてみようかしら。何かあると、すぐに大日本史料に頼る癖はどうにかした方が良いとは思うのですけれども、だって便利なんだもん(…)
 あと、この二冊とか、北畠家について色々載っているサイトさんによると、天文十三年に、北畠は六角に加勢して、京極と戦っているとかなんだとか。おまけに、その戦いで京極家の当主佐々木六郎が自害云々やら書かれてしまうと、私としては、えええええとしか言いようがないというか!その後に続く、浅井亮政が北近江の国人を纏めきることが出来ず、北畠の後ろ盾を頼んだというのは、天文十三年の時点じゃもう亮政は死没してるし、何かいまいち良く分からなかったので置いておくとしまして。
 京極家の当主と表現されてもおかしくない、佐々木の六郎さんと言ったら、通称が六郎の高広しか私には出てこないのですが、高広は天文二十二年に六角と戦い消息不明になってる筈。天文十三年に自害してしまったのなら、天文二十二年までの間に書状やら出してる高広は一体誰なんだという話になります。私の読んだ二冊の本とも、天文十三年に京極家当主・佐々木六郎が自害したことの出典史料を書いていないので、下手すると、本の方が間違ってるという可能性もなかりしもなんですが……何かそれじゃつまんないじゃん?←
 ということで(…) 本の方の記述も正しい!ということ前提で、妄想を膨らませていこうかと思います!(やめときゃ良いのに) 
 天文十三年に高広が自害していたとして、その後に書状を出している「高広」が誰なんだという話になった時、個人的に、高広長男の高弥を挙げたいなぁと。この高弥、どうやら、「高広」と名乗ってた時期もあるらしいよ?ということらしいので、もしかしたら天文十三年以降の「高広」は、高弥だったかも?な具合で、一つどうでしょうか。完全なる妄想なんですがね!←

 京極繋がりでもう一つ。大坂の役で、城に京極備前という人が籠っています。この人はどうやら、京極丹後守の従兄弟とのこと。京極氏で丹後守というと、ぱっと頭に浮かぶのは高知だったりするんですが、この京極備前さんは高広の子なのかな。役後は牢人したらしいのですけれども、高広の子なら、京極家の誰かに仕えたりできなかったのかしら。それとも、高広と高吉が家督争いやってた時代の確執が未だ残ってた、とか?(さぁ)

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2009/02/19 (Thu) 望月の人



 拍手小話を差し替えました。小話とは最早言えないというか、会話オンリー!なのです、が、すみませんごめんなさい調子こきました…。相変わらず、大坂の連中がギャーギャーやってます。


 追記に、脈絡もなく、望月吉棟+義弼でSSS崩れをば。信様に侵攻されて、甲賀に落ち延びた辺りの時間軸で。義弼が書いた手紙の半分が、下手したらそれ以上が、吉棟宛だった事実に慄きました。なんたる…!

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2009/02/18 (Wed) 買った本



 ずっと気になっていた『妖説太閤記』を見つけたので、買ってみました。積み本の山が出来あがってるってのに、何やってんだお前って感じですけれども!上巻のまだまだ最初の方しか読めていませんが、やばい、ほんと秀吉って感じだ。読みながらによによが止まらない…。あんな最低人間なのに、読みながら切なさを感じさせるのは、私にフィルターがかかっているからなのか、山田風太郎の腕なのか、どっちなんだろ。秀吉が市に恋をしていたっていうのは、紛うことなき俗説ですが(多分、茶々が秀吉の妻になったことと、賤ヶ岳での柴田さんとのごちゃごちゃから、江戸時代に創作されたんだと思われ) この本の秀吉→→→市には、惚れざるを得ない。醜悪な獣が、一途な恋心を抱き続けるのって、良いよね←
 治長もどうやら登場するらしいので、読み進めていこうと思います。このどぎつい秀吉に、トラウマ植えつけられてて欲しい。

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2009/02/17 (Tue) 買っちまった



 ………何で私は『北畠氏の研究』を買っているんだろうか…。給料が入ったら買うつもりで目を付けてる、古本の『江源武鑑』が買われていないかチェックをしていたら何故か『北畠氏の研究』を買っていたんだ。な、何を言ってるのかわからねぇかもしれなry
 こ、後悔はしてないよ!知りたいもの!戦闘公家一族について!← 常に臨戦態勢な、元々公家だった一族なんて格好良すぎるじゃない!特に、定頼と戦った時のことについて詳しく知りたい(結局そこか)
 北畠とは関係ないですけど、大河で七尾城が出てきた時に、畠山ぁあああ!と叫んだのは私だけじゃないと信じてる。上杉に居城の七尾城攻められてる時、当主がたったの二歳だったんだぜ…頑張ったよ畠山。一年位保って、力攻めじゃ落ちなかったんだもの。結局、謙信の内応作戦にやられちゃいましたが(…) 畠山も、六角と縁が深いよねそういえばってことで。

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2009/02/16 (Mon) 拍手お返事



 いつも拍手を押して下さり、有難う御座います。漲ります!
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2009/02/15 (Sun) 岡部さん



 ちょこちょこと、治房と団右衛門な話を書いていたのですが、岡部さんが冬の陣の時は治長の所にいたらしくて、ちょ、おま、になった。かかかかか、書いちゃったよ!冬の陣の時なのに、岡部さん何食わぬ顔して治房の所にいさせちゃったよ!(完全な調べ不足です) いや、うん、でも、良いよね…治長と治房って間違って記述されてることが多いし、岡部さんが冬の陣の時からもう治房の所にいたって、良いよね(…) ということで、その、目を瞑って頂けると有難く…す、すみませっ!
 妙心寺の人から「小幡勘兵衛が徳川からの間者だってこと、治房さんに伝えてよ!」なお願いをされる団右衛門は、治房とはどんな間柄だったのか、妄想し始めると止まらなくなります← 治房と親しいから頼まれたのか、それとも、単に昔、妙心寺で坊さんをやっていたから頼まれたのか。どうなんでしょ。

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2009/02/15 (Sun) 意味も無く



 ブログ通信簿とやらをやってみました。
 
 通信簿
 どうやら、干身は28歳男性らしいです。じゃあ、そういう方向で行きましょうか←
 にしても、主張度たけぇ。



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2009/02/14 (Sat) 欲しい物



 『江源武鑑』を買ってしまおうかどうか、本気で悩んでます。高い、高い、けども、手もとに欲しい…!それを言ってしまったら、『家康史料集』も欲しいんですが(中に入ってる『慶長記』と『駿府記』目当て)、何でみんなあんなに高いんだ。
 『江源武鑑』の義弼のあれっぷりは、むしろ愛おしくなってきます←

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2009/02/13 (Fri) 糺関連でごちゃっと



 夏の陣で落城した後、糺の子供の守を連れて逃げた乳母が、守を助ける為にお金を貸してくれるよう頼んだ糺の領地に住んでる村人が「糺には世話になったから」ってお金を貸してくれたっていう話に、何だか鼻の奥がつーんとした← 女の人でも子供でも、城から落ち延びた奴を見つけたら全員差し出せ、なんて触れが出るくらい、激しい残党狩りがあった状況で、大坂方の一応中心人物の一人だった人の嫡男を見逃した上に、その子を助けるためのお金を出してあげるって、中々出来ることじゃないよなぁと。糺、一体どんな領地経営してたんだ…。数キロに渡って、街道沿いに並べられたらしい千を超える落人の首の中に、下手したら守の首が加えられててもおかしくはない状況だったし。
 (何故か)忠興の働きがけで還俗した後も、糺の息子だからって理由だけで、いきなり500石で召し抱えて貰えたり、うん、糺、好きだ。弟子も一杯いたみたいだしなぁ。誉田の時、幸村へ「見捨ててくれ」的な伝言を送る糺は格好良いと思う。そんな伝言を受けても、糺を助けに行った幸村も結構なもんだが。糺を助けに行った時だったかどうかはど忘れしましたけども(…) 誉田で、大助が傷を負った場所が内腿だっていうのにエロスを感じるのは私だけか。……そうか。糺は確か、胸に鉄砲が当たったんだっけ。大怪我したのは確からしいですけど。

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2009/02/12 (Thu) キャラ当て



 今はやってる?のかどうかは分かりませんが、ちょこちょこ色んなサイト様で見かける、質問に答えていくと、自分の好きなキャラをランプの精っぽいおっさんが当ててくれるっていうのやってみました。うん、あれだ、まさかあんなに見抜かれるとは 無双の秀吉ではなく、BASARAの秀吉でもなく(いや、どっちも大好きですが)史実秀吉の肖像画が出てきたときにはびびった。まじでびびった。ゲームやら漫画だけじゃなく、歴史上の人物まで網羅してるとは…やるな、おっさん。しかもそれ海外サイトなんだぜどうなってやがるんだ。質問の内容も、実在した人物で日本人だってことは答えたけど、秀吉と特定できる質問は何もされた気がしないのに…。いやー、すごいなぁ。
 そういえば、大分前にやった戦国人物ソートの210人バージョン、あれを改めて見返して思ったんですけど、何故ラインナップの中に定頼と亮政と義弼がいない!(無茶言うな) 今もう一回やったら、何だか順位が変動する気がする。

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2009/02/11 (Wed) カラオケ



 桐生と遊びに行きまして。カラオケで桐生の歌った谷山浩子の「王国」が、秀吉から秀頼に向けた歌に聞こえてきた罠。歌詞はこんな感じで。生い先短い秀吉に、秀頼を永遠に愛し続けることは出来ない。そもそも、本当に愛しているのが秀頼かもわからない。秀頼を通して、鶴松を愛しているかもしれないし於次かもしれないし、石松丸かもしれない。何か、そんな感じで←
 カラオケに行く度に、秀吉っぽい!な曲を見つけてる気がするんですが、一体どんだけの数になったんだ…。今度は、大坂面子に加えて、長政義弼のも見つけてみたいなーと。


 

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2009/02/10 (Tue) 拍手お返事



 いつも拍手を押して下さり、本当に有難う御座います。
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2009/02/10 (Tue) 三十二義士三人組


 ちょいと、もしかして治徳の年齢はガチで17歳だったんじゃないかなぁと思えてきました。今までずっと治安が17歳だと思ってたんですけど、それは治徳(本当は治安)が人質として差し出されたことを記す駿府記の記事に、注釈のような形で17歳だと記してあったからでありまして。もしも人質が「治徳」であるつもりで17歳と注釈をつけたのなら、治徳は本当に17歳だったんじゃないかなぁと。妄想まがいな推測でしかありませんが。だから冬の陣が終わった時点で、今の年齢に直すと16歳?夏の陣の時には、数えで18歳の、今の年齢に直した場合は17歳で良いのかしら。
 大助と勝家は夏の陣の時に数えで16歳だから、今のに直すと15歳。冬の陣の時は数えで15歳の、今ので14歳?誕生日が分からないから、何とも言えないのですが。大助の年齢には諸説ありますけど、やっぱり勝家と同じ歳にしたいので、1600年生まれで行こう、かしら。というか1603年生まれにしてしまうと、うちの治徳がガチで変態になります← いや、それでも別に構わないんですけどね←←
 大助、勝家、治徳の三十二義士三人組の中で、年長者は治徳ですが、一番戦に対する心構えが出来てないのも治徳なイメージで。むしろ、普通。大助と勝家が異常、な具合の妄想が最近発酵し始めてます(…) 大助は、まるっと父親から受け継いだ才能と、育った環境のお陰で呼吸するように戦が出来る。勝家は、自分が今この時死ぬためだけに生かされ、育てられてきたことを理解出来てる、的な。うん、重い。この三人は明るく楽しくギャグ風味!な感じの話にしていきたいのに、深く妄想すると、えらい重たいことになってしまいます。何でだ(自業自得) それぞれの父親とのエピソードも書いてみたいなぁ。多分、一番躾に厳しいのは勝永。他者に優しく、自分と身内に厳しい男だと萌える。

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2009/02/09 (Mon) 長政と義弼


 浅井長政と六角義弼の生まれた年が同じって、私を萌殺すつもりかぁああああああああ!←
 つまり、何、あれか、人質になってた阿古さんと長政が1553年に小谷城へ帰るまでの間に、この二人は面識があったかもしれないわけで、下手をすれば幼馴染…み?仲が良かったかどうかは別として。何だかそれを踏まえつつ、長政の六角随従からの脱却とか、義弼の起こした観音寺騒動を妄想すると、色々絡められそうだなぁ…長政は義弼と対等になりたかったとか、義弼は長政が急に大きく遠くになっていきそうで焦ってた、とか。「お前はずっと俺の傍で俺に従ってれば良いんだ!」みたいな。……あれ、義弼→→→長政?(…)
 義弼が晩年、死ぬその時まで茶々と秀頼の傍にいたのは、長政の娘と孫を見守る為だったりして。なんて夢みたいなことをほざいてみます。
 長政(1545年生まれ) 義弼(1545年生まれ) 龍興(1548年生まれ)の三人が揃うと、微妙に呼吸困難が起こりそうになります。久政が義久の子供で、義弼の嫁が義龍の娘だとしたら、こいつら皆親戚同士になるんだぜ夢みたいだろ(知らないよ) 頑張れ1540年代生まれ信長包囲網。

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2009/02/08 (Sun) 浅井諸々


 PCサイトの仮設定のところに、戦国期近江(現在浅井家のみ)をアップしました。今のところ、名前(通称とか幼名とか)を知って下さると、話が分かりやすいかな?という面子のみ。
 そういえば、久政の寿像に書いてある賛が格好良すぎて滾りました。義気凛々とか、英気過人とか!久政は格好良いと思う。浅井三代の中で、実は一番したたか且つ、冷徹に現実を見据えてた「戦国大名」だったんじゃないのかなぁとか。はい!単なる妄想ですが!← 何を今やるべきか、何を優先すべきか、しっかりと理解出来ている人というか。亮政が突貫作業で作り上げた建物の補強作業をした人、な感じ?(知らないよ) つまり、久政格好良いぜ!ということで←
 何かあんまり関係無いんですが、亮政の生まれた百年後に、曾々孫の秀頼が生まれたんだなぁと思ったら何だか感慨深くなりました。百年…そうか百年、みたいな具合で。

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2009/02/07 (Sat) 帰ってきました!



 帰って参りました!その勢いで、合宿に行く直前に、間に合えー!と勢いだけでがーっと書いてだーっとアップしたせいで、推敲?何それ美味しいの?な具合になっていた浅井家の話を少しだけ手直ししました。駄文ここに極まれりなクオリティは変わらずなのですが(…)
 合宿に行く前なのですけども、赤尾の清綱さんと明政が、もしかして歳近いんじゃねこれ?なことに気付いて、ちょっと合宿中妄想がえらいことになってました← 最期が一緒の二人が歳近くて、おまけに仲が良かったら萌rげふんごふん、熱いなぁと!

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2009/02/02 (Mon) 桐

20090202223321
合宿先の天井。
ここは楽園か…!←

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2009/02/02 (Mon) 新カテゴリ



 ついにやっちまいました……浅井家の話を置くカテゴリが、増え…はい。六角も増殖していくかもしれません←
 実は明日から6日まで部活の合宿でして、物凄く取り急ぎアップした感じなので、浅井家の人たちに関する仮設定がアップできていないのですが、帰ってきたら設定文章だけでもアップしようかと思います。それでは!合宿行ってまいります!

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2009/02/01 (Sun) 現し世十題


 戦国期真っ只中な近江の人たちをSSS崩れで書いてみよう計画。

 [現し世十題]

 「いつか死ぬ日を想う微笑み」(京極高清+京極高吉)
 配布元:rewrite



 

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