何か吐いてみる//
乙式、主に暇人干身がだらだらと萌えに任せて吐き出す場所です。創作戦国について主に吐き出しています。同人、腐要素、注意報常時発令中です。
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2009/03/30 (Mon) 日帰り鎌倉遠足

20090330215831
 鎌倉に桜を見に行って来ました!まだまだ満開には程遠い感じだったんですけど、長谷寺(だったっけ)(…)の垂れ桜は綺麗に咲いていて、味わい深いものがありました。前に行った時は見ることが出来なかった鎌倉の大仏も見ることが出来まして!大きいのは良いことだ←
そんでもって、鎌倉に行く度に、源平の洗脳を友達からじりじりと受けている気がするのですが(…) 今回は静御前が実は男だった!とかでゲームできんじゃね?みたいな、頭の可哀相なネタで盛り上がってました。……い、石は投げないで!
画像は垂れ桜。長谷寺じゃなくて大仏のとこだったっけか…(お前)

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2009/03/29 (Sun) 六角諸々



 「江源武鑑」と「幻の観音寺城」(not小説の方)が届きましたー!二つ合わせて一万六千円の出費だったことからは目を逸らします← 「幻の観音寺城」の方に書いてあったことなのですが、定頼-義賢-義弼の流れは、六角家ではなくて、正しくは箕作家だったんだよ!説に、ほえーと。箕作家に、還俗した定頼様が養子に出されてその名跡を継いだとか何とか的なことが書かれていて、それもありかなぁと。あと、内容に一部「浅井三代」が引用されていまして、信憑性はちょっとどうなのかしらー?な感じの史料らしいのですが、亮政が病没したことを知って、家臣をお悔やみでないけど、そんな感じの使者として送る定頼様にちょっとぐっときました← この二人は何だか、こう、何とも言えない繋がりというかそんなものがあると良いなぁと。互いに大嫌いだ馬鹿野郎!であることは間違いないけども、けども!的な。あの世じゃ仲良く喧嘩してて欲しい(結局喧嘩か)
 そんでもって、「江源武鑑」ですが、義弼可愛いよ義弼(…) 京極の高吉さんと口論を起こして、高吉を抑える役目は後藤但馬さんで、義弼のことは長政が後ろから抑えて抜刀出来ないようにしていたっていうのに、おいちゃんもう、ああああああああ!ですよ!お前らもう、滾るじゃねぇか畜生!あと、バサラを好む血気の人的な評をされている義弼が可愛すぎる。派手好き、だったのかし…ら?(さぁ) 

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2009/03/27 (Fri) 夫婦




 むらっときてしまったので…追記に、治長と治長嫁をいちゃこらさせたかっただけの(…)SSS崩れをば。治長嫁の名前が不明なので、勝手に仮称として「萩」と命名しています。娘の葛葉と秋の七草繋がりな感じで。

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2009/03/26 (Thu) 拍手お返事




 いつもポチっと押して下さり有難う御座います!
 追記にブログ拍手お返事をば。

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2009/03/26 (Thu) 泣く人



 小さい頃は饗庭さん、泣き虫とかでも良いかなぁと、ちょっと妄想してました。ということで、追記に長政+饗庭局でSSS崩れをば。長政の性格やら何やらは(仮)状態です← ついでに、物凄く短いです。妄想を一部切り抜いてきただけみたいな(…)

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2009/03/24 (Tue) 気になる一品



 何やら、今年から始まる講義の先生が「逆説の日本史」の井沢元彦先生らしく!これはもう絶対受けないと!と思ったところで、「逆説の日本史」を読んだことが無いのを思い出しまして(…) ぽちっと、11巻と12巻を注文してみました。秀吉の唐入りについて、どんな論が展開されるのか楽しみです。それから、ついに「江源武鑑」を注文してしまったんだ…ぜ…!あれは本当に、若いころの義弼にはぁはぁするための本だと思う←
 六角の嫡流は、氏綱の代で定頼の流れに移ったというのが通説ですけど、やっぱり私は義久は存在したと思うというか…当時の絵に、描かれてるじゃない義久の子供…。土佐光茂の描いた『犬追物図』でしたっけ。あくまで当主は氏綱-義久-義秀の流れで、定頼-義賢-義弼の流れは箕作六角家だった的な「江源武鑑」を信じたいなと。六角繋がりで、「幻の観音寺城」という小説が色んな意味で気になってます← 六角氏が極悪非道の一族として、これでもか!これでもか!と書かれている小説らしいのですが、アマゾンの内容紹介を一部抜粋しまして、

 「家督を継承できなかった次子定頼の邪悪な執念が燃えたぎる」

 定頼様の燃え滾った邪悪な執念

 んなもんが発揮されたら一国が滅ぶぞ!
定頼様のアレっぷりの他、浅井がどんな感じ書かれたりしてるのか、ちょいちょい気になっている小説です。

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2009/03/23 (Mon) 五十三の家



 お金的な問題で(…) 発売日に届かなかった志方さんとZektbachのアルバムが今日届きまして!うぇっへっへなによによ笑いが止まりません。もう、両方とも神過ぎる。ただ、志方さんのアルバムに入ってた「埋火」が、家康→秀吉に聞こえた私はきっと病気なんだろうと思う(そうだろうよ) もしくは、光秀→信様(…) な、何かそんな感じ!(どんなだ) 

 話は変わりまして、野良田の戦いよりも前、肥田城の水攻めに失敗した義弼に、どこぞの石がついて三のつく名前の人を思い出した私はきっと間違っていない筈←
 そんでもって、ネットを漁っていたら甲賀五十三家の一覧を載せてくれているサイト様を見つけたのですが、色々と名前を見ていくと面白いです。五十三家の一つに入ってる多羅尾氏っていうのは、片桐さんの家臣で、冬の陣の前哨戦みたいな小競り合いで、槙島さん、治長、又兵衛の組の人たちに攻められて自害した多羅尾さんの一族なのかなぁとか。あと、五十三家の一つの大野氏に無駄に反応してしまったり。多分、治長のとこの大野氏とは関係無いのでしょうけども!いや、でもこの大野氏の庶流が丹後に流れたとか…無いか(だろうよ) 中村一氏が、ちょこちょこ忍者な感じで描かれる理由がいまいち良くわかっていなかったんですが、五十三家の一つである滝家の出身という説があったんですね。知らなかった(お前) 
 五十三家の杉谷家の人間である杉谷善住坊が、撤退する信様を狙撃出来たのは、やっぱり事前に浅井が朝倉に付くっていう情報を得てたからなんですよね。となると、善住坊に狙撃を命じたと思われる義賢と義弼は、事前にその情報を得ていたってことでオケなのかしら。個人的には、前にも書いた、久政を説得したのが義賢という話を推したげふんごふん。

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2009/03/22 (Sun) 長政と義弼妄想


 長政と義弼妄想がちょいちょい止まらないついでに、平井定武さんの娘さんをどんな感じにしようかなぁと。市が嫁いでくる前に、恐らく義賢パパのせいで長政と政略的に結婚させられて、後に離縁された娘さんですが、長政が六角に人質に行っている頃、長政義弼平井定武さんの娘の三人できゃっきゃうふふしながら遊んでいるのを妄想したら、えらく滾りまし、た…!(お前) 何かもう、長政の初恋の人で良いじゃん。義賢は元々、六角家臣の娘を長政へ娶せようと考えてはいたけれど、平井定武さんの娘を推したのが義弼だと良いなぁと。義弼は、長政も定武さんの娘も、自分が囲っていたかった的な← それで二人は幸せなはず、とか物凄く独善的なことを考えていたら、滾る!(…)
 いつまでも、小さい頃三人で遊んでいた箱庭の思い出から抜け出せない義弼と、しっかりとした自覚とか自負とかを持ち始めた長政との違いとかすれ違い的なものが、書きたい!いつか!← 定武さんの娘は、離縁された後の動向が不明らしいので、拙宅設定では義弼が妾な名目で連れてる感じでどうだろうかと。手を出すことは絶対に無いけれど、周りを納得させるために妾ということにしてる、とか。まだまだ妄想段階なんですけども!やばい、浅井と六角がやっぱり熱い。
 浅井家の当主と、六角家の主導を握っている人の生年が毎度毎度近いっていうのは、何ですか、遠慮なく萌えろってことですか(違)
 亮政(1492年)―定頼(1495年)
 久政(1526年)―義賢(1521年)
 長政(1545年)―義弼(1544年or1545年)

 おまけに、長政と義弼は家督を継いだ年まで近いっていうね!萌える←

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2009/03/20 (Fri) 蜜木なつさぁぁああああああん!!



 中様にバトンを回して頂きました!有難う御座います、愛と一緒にキャッチしました!そして愛してます!(どさくさに何を)
 「題名に名前が載ってる人がびっくりして受け取るバトン」です。ということで、なつさん!気付いていたらどうぞ!

 追記に、バトン回答をば。

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2009/03/19 (Thu) 商業ごにょごにょ



 古本屋にて、商業のBL小説で何か勉強になるのがないか、探していました←
いえ!今、団右衛門×治房の続きを書いているのですが、この二人は展開にしろ何にしろ、いかにもBLですが何か!な感じにしたくて!(…) 商業系のものは買ったことが一度も無く、イベントならどんな表紙のものでもあんなに簡単に買えるのに、まず本棚から本を取り出して吟味するまでに十分、さらにそこから良さ気なものを選んでレジへ持っていくことが出来……ません、でし、た!ははははは恥ずかし過ぎる!まさかこんな羞恥心が未だに残っているなんて思わなかった!そんなこんなで、買えませんでした結局。BL勉強の道は予想以上に険しかったんだぜ!この間、バイトしてる店に、「BL小説の書き方」なる本が入ってきたんで、あれ買っときゃ良かったかな← まだ買われていなかったら買ってみようかと。あの二人は露骨にBLさせたい!他の連中があんまりにも糖分少なすぎるから!(自業自得)
 そういえば店に思わず、ぶふぁと噴きだしかけた本が入ってきたんですよね。商業BLコミックで、信長×光秀漫画でした。帯の、「本能寺が愛憎の炎で燃え上がる!」に、仕事中にもかかわらず、おいちゃん腹抱えて笑いだすかと…。絵がすごく綺麗で、棚に並べられていたら羞恥心を乗り越えうっかり買ってしまうかもしれません(…) 

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2009/03/18 (Wed) ブルマと祝い事



 昨日無理したせいで、全身が筋肉痛でギシギシ言って…ます…。
三時間半ドッジボールは、おいちゃんの老体にはちょっと過酷過ぎたんだぜ!でも、ドッジボールで阿鼻叫喚(notきゃっきゃうふふ)する大坂面子良いなぁと思ってしまいました← チームは譜代牢人関係無く、ごっちゃ混ぜで。ボールは勿論、二個です。服装は全員、体操着に短パン!青柳はブルマ!糺もブルm…うん。

 そんでもって!携帯版サイトが5000ht行きました!まさか5000に到達するなんて考えもしなかったので、あわわわ状態なんですが!本当に有難う御座います。こんなサイトですが、これからも宜しくお願いします。

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2009/03/16 (Mon) 師弟



 色々とメモをしてあるノートを発見したのですが、慶長13年に織部の茶会に治長が招かれた時、同伴していたのが本願寺の門跡と、大徳寺の春屋宗園さんだという走り書きがありまして。自分でメモしてたことをすっかり忘れていたのですけれども(…) このクラスの人と一緒にお茶会にお呼ばれされる立場に、治長はいたんだなぁと。この時に治長が持参したらしい伊賀ものの水指って、もしかして伊賀耳付水指破袋だったりしないのかな。もしそうだったらちょっと面白いのに。
 お茶会に治長を呼んだり、大坂城を訪れた時の出迎えが治長だったり、織部と治長の師弟関係がちょいちょい色んな所に偲ばれて、によによが止まりません← 織部が夏の陣終った後、弁解もせずに腹を切った理由に、ちょっとだけでも治長のことが絡んでいたら私はきっと、ああああああ!と叫びながら悶絶すると思う(…)

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2009/03/15 (Sun) カード




 つい最近、武将カードのついてくるお菓子の存在を知ったのですが、第一弾の関ヶ原に、幸村と又兵衛が含まれちゃってるってことは、大坂の役のターンは永劫やってこないということでしょうか← それとも、関ヶ原の時とは微妙に幸村と又兵衛のデザインを変えて、大坂の役仕様な感じにして、出す、とか、駄目?(当たり前だ) おおおおお…大坂の役のターンがもし来たら、胃がお菓子で荒れるくらい買い込むのに!七将星と治長と秀頼と茶々と千とか、出るとしたら全部集めてによによ眺めてみたかったのに!さすがに糺までいてくれるとは思わないけども…徳川方でも、あれだよ、忠直とか、忠朝とか、水野さんとかさ!利常とか正純とか金地院さんとか柳生さんとか、色々、色々いるじゃない!(…)
 まだ出ないと決まったわけじゃないですけど、第一弾の段階で、大坂の役でメジャーな二人が出てるとなると、ふ、不安が!ちょっとだけ、期待しながら待ってようと思います(諦めろ) 第一段関ヶ原!も、あの不敵な(一発変換したら腐的なになった)(…)秀秋にきゅんと来てしまったので買ってしまうかも、ですが!

 追記:明石さんまで関ヶ原のターンに参加している…だと…!?
 追記の追記:盛親とやぎゅさんも関ヶ原のにいた…orz


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2009/03/14 (Sat) 孝蔵主でちょこちょこと



 孝蔵主が、好きです(唐突過ぎる)
そういえば、孝蔵主の命日まであと一ヶ月だなぁと。孝蔵主がどんな人柄だったのか考えれば考えるほど、本当、灰色という表現しか出来なくて困ります← 豊臣政権の中枢に深く関わって、その上で手腕を振るっていたのだから、純白では絶対無い。秀次を騙して聚楽第から高野山送りにしたのが事実だとしたら、白という感じでもまずない。でも関ヶ原の時、開城交渉をする為に大津城へ向かったまま安否不明になった孝蔵主の無事を願って、時慶さんがお百度参りを二回もやっちゃうんだから、人に慕われる要素もあったと。あとは、三成の娘を直江へ預けたり、辰姫が輿入れする時の付添いをしたり、三成の娘と自分の養子(甥)を娶せたり、三成の娘達の面倒を滅茶苦茶見たりしてる辺りから、真っ黒とも言い難い。
 だとすると、やっぱり、灰色?(…) 秀吉の別妻になった、孝蔵主の姪の徳子さんとか、山崎の戦いで戦死した弟の式部丞とか、同じ寺で過ごしたであろう鶴千代さんとか、ここら辺の人たちとの絡みを妄想すると、すごく、滾ります。ぶっちゃけ、式部丞×孝蔵主がちょっと、熱い。弟×姉って、何だか良いよね← 式部丞の戦死をきっかけに、「こほ」が壊れて「孝蔵主」になっていくという妄想があるので、なるべく、長浜小姓面子とぎゃーぎゃーやってる時と、養子達に絡んでる時とではキャラを変えていこう!と目指してるのですけれども、まったくもって成功した試しが無いとか(…)

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2009/03/13 (Fri) 願望色々


 JRのCMで、今紹介されてる場所が醍醐寺なんですよね。もうあのCM観るたんびに、テレビに釘づけになってます。「そうだ、京都へ行こう」って言い残して京都に旅立ちたい…!← 綺麗に見える角度から映して、更にうまーく編集してるCMの美しさだと思うんですけれども、やっぱりああいうの観ちゃうと行きたくなります。でも、CMみたいに桜が満開の時期は、とてつもなく混んでるんでしょうね。それを考えると、料金も安くて、紅葉のシーズンも終わった冬に行くのが良いのかなぁと。冬って、特別公開やってるお寺が多いみたいですし。醍醐寺で桜の時期に行われる醍醐の花見行列(?)は見に行きたいですが!お寺繋がりで、うちの大学って、夏休みの時期になると、縁のあるお寺に合宿というか体験というか、そういうのに行く人を募集してるのですが、毎年知恩院が入ってるんですよ。一回参加してみたいなぁと。冬のお寺に泊まるのは無茶苦茶、あり得んくらい寒いというのは年末年始のお寺のバイトと、部活の合宿で体験済みなのですけども、夏なら、夏ならなんとか!きっと!←

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2009/03/12 (Thu) 大野さん家の諸々



 「油魚の交わり」の後編をちょこちょこ練ってるんですが(まだ書いてないとか)(…) 
大野兄弟のお父さんである大野パパの経歴は、「宮津府志」と「網野町史」の合わせ技で行こうかと。完全にゴリ押しな感じになりそうですが!← 浅井家に仕え、浅井が滅んだ後は故郷の丹後へ帰り、細川幽斎に仕えたという「宮津府志」と、一色家に仕え、一色家が滅んだ後は海賊やってました、な「網野町史」をごったまぜにして、
 浅井家→細川家→伊也の輿入れに合わせて、一色家に→海賊→大蔵さんの旦那ということで豊臣家へ。
 な、具合になりそうです。治房は幼少期を、海賊でぶいぶい言わせてた大野パパの元で過ごしたということで。京都の松木町に住む商人の養子に出されたという話の残っている治胤は、一色が滅んだ時に、養子に出されたというのがしっくりくるなぁと。ということで、大分前にアップした「幸いの定義たれぞ決す」の内容を、ちょこっといじるかもしれません。まだまだ調べ不足なので、なんとも言えませんが…。
 そういえば、何で治純って四男とされていることが多いんでしょうか。治長の弟と書かれているだけで、四男だと書かれている史料を見かけたことが無いのですけれども。個人的には、やっぱり次男だと思うんだけどなぁ…根拠になっている関ヶ原後の知行宛がいの書状を、ちゃんと自分で目にしたわけではないので、完全に人様の意見に乗っかってる感じで申し訳ないですが(お前)

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2009/03/11 (Wed) 現し世十題



 久々に、戦国期真っ直中な近江の人たちをSSS崩れで書いてみよう計画。

[現し世十題]
君が泣いていると知っていたのに(浅井明政+浅井久政)
配布元:rewrite

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2009/03/10 (Tue) 纏まりの無い話



 友達と執事喫茶に行ってきました。キッシュ美味しいよキッシュ。
執事の人たちを眺めながら(…) 大坂面子執事パロを妄想して、にやにやを必死に堪えていてすみませんごめんなさい。何か、こう、大正ロマンっぽい時代背景で、ライバル財閥の徳川家に多くの使用人達を奪われてしまった成り上がり富豪豊臣家。人手不足に急遽かけた募集で集まってきたのは、何か良く分からん無職達だった!みたな(みたいなじゃねぇよ) 勿論、青柳にはメイド服を着て貰います(…) メイド長は大蔵さんで。千は、はいからさんが通るみたいな格好で一つ。完全に趣味に走ってます。治長は、秀頼の補佐を一身に取り仕切っていた片桐さんが徳川家に走ってしまったので、その代理として働く、にわか右腕で良いんじゃないでしょうか←
 その執事喫茶に行った友達の一人が、退耕庵に行った子なのですけれども、その子の話によるとどうやら退耕庵の茶室で密議をしていた面子の中に、秀秋もいたらしいです。秀秋は最初から東軍につく腹積もりだったと言いますし…「味方としてもぐり込んだ方が、情報が得られるよね」という友達の発言に、慄いた。分かってましたが、秀秋、恐ろしい子…っ。とんだ策士じゃねぇか。

 あ、そういえばセンゴクの最新刊を読んだのですけれども!熱いなぁあああ!山県さんと真田信綱さんが格好良すぎる…おおおおお…ってなった。あと、毎度毎度、藤吉郎さんが出てくる度に呼吸不全に陥る。病気かな。

 いつも以上に、話の纏まりが無くてすみません(…)

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2009/03/08 (Sun) 妄想見解と単なる妄想



 「妖説太閤記」をちょっと、ぱらぱらーと読み返していまして。もしかしてあの秀吉を一番愛していたのは三成だったんじゃないか、な結論に至った瞬間、背骨に雷が落ちました(お前) 何で三成の心境は描写されないんだろうなー、にしても、この本に出てくる三成忠実だよなー、この後関ヶ原なんだよなー、(ちょっと停止) …… ま さ か !! な具合で、はい← もしも、「妖説太閤記」に出てくる三成が秀吉に対して、忠義なんざ実はこれっぽちも持っちゃいなかったんだぜ全部演技だ演技!な感じだったら、そういう描写があって然るべしだし、でも、そういうのまったく無かったし…。完全なる、妄想結論なんですが(当たり前だ)
 でも、そういう目でちょっと読んでみると、誰にも愛されていない筈の秀吉を、実は淡々と職務をこなす三成だけが愛していたように、見え、る。フィルターか!これがフィルターというものか!恋愛感情とかの類じゃない愛、みたいな感じに受け取れるなぁと…すみません。すんまっせん。

 あ、それからちょっとだけ長又について妄想してみたのですけれども。見事に、爛れました。……何でだ。又治と良い、爛れる呪いでもかかってるのか奴は。妄想していく内に、昼ドラになった(…) 何か、その、踏みとどまろうと思います。
 追記にちょっと、その気持ち悪い妄想をメモしておこうと思うのですが…うん、本当、どうしよう(頭が)

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2009/03/07 (Sat) 退耕庵



 今、友達が京都旅行に行っているのですが、どうやら東福寺の退耕庵が特別公開されていたみたいで…!良いなぁああああ!(黙れ) 普段見れないのが見れるって、良いですよね。退耕庵ってことだから、修行時代恵瓊さんと同じ空気が吸えるなんて羨ましすぎる。あと、関ヶ原直前に、恵瓊さん、三成、小西、あと、大谷さんもいたのかな。何かこの辺の面子で密議をした茶室もあるとか、凄くないか。来年のこの時期に、また特別公開されたりしてないのかなぁ。退耕庵は、行ってみたい場所の一つです。16歳の恵瓊さんが修行して、おまけに生活もしていたなんてそれなんて美味しい空気。円侃さんとの愛の巣だったと信じてる(…) 
 恵瓊さんって、僧侶で大名だったとか言われていますが、恵瓊さん個人というよりも、安国寺の寺領として、領地が与えられたっていう見解もあるみたいですね。私としては、そっちの方がしっくりくるかなぁと。領地を恵瓊さん個人に与えられていたのなら、直々の家臣団がいてもおかしくないのに、実際に恵瓊さんが関ヶ原の時に指示下に置いていたのは、安国寺与力衆という、毛利家から貸し与えてもらった人達だったらしいので。ぶっちゃけ、そういう難しい話を抜きに、安国寺宛の寺領の方が、恵瓊さんの安国寺大好きぶりが際立って良いかなと← 安国寺好き過ぎるだろう恵瓊さん。小さい頃育った寺で、銀山城が目の前に見えるんだものなぁ…大事にするか。
 肥後の一揆を鎮圧した時、一揆に加わっていた辺春さんという人が、切腹するに当たり、自分の十二、三歳になる遺児を恵瓊さんに預けたという話が好きです。その子が、後に安国寺与力衆の一人になったとかもう、あれだ、滾る←

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2009/03/07 (Sat) バトン!



 中様、バトンを回して下さり有難う御座います!しゅぱぱっとキャッチさせて頂きました。さ、桜色だなんて!あれですね、年中脳内がピンクということで←

 それでは、追記にて、バトン回答させて頂きます。

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2009/03/06 (Fri) 長政と義弼



 アップした義弼の話ですが、後期豊臣家のカテゴリにするか、戦国近江のカテゴリにするか迷った結果、戦国近江に突っ込んでおきました。年代的には後期豊臣家なのですけれども、内容的に戦国近江に入れた方が良いかなと。糺が登場してしまってるのにはそっと目を瞑って下さい…い、いや、秀頼の槍の師範と弓の師範で接触があったら良いなぁと!義弼が、秀次主催の犬追物の時に弓馬の師範として召しだされていることに、馬に乗ったまま弓が扱えるのかよかっけぇ!義弼の癖に!と無駄に感動してました(…)
 長政と義弼のことを考えると、無駄に心臓がきゅうと(病気です) 実は、浅井・朝倉方として姉川の戦いに参加していたらしい六角に、動悸が止まらない。義弼も戦場に行ったりしてなかったのかしら。もしそうだったら大分滾るのですけども!長政に、信様から離反するよう説得しに行ったのが六角義賢(承禎)だという説を提唱している人もいるらしく、真偽のほどは置いておいて、もしもそうだったらちょっと面白いなと。義賢と一緒に、義弼も説得について行っていたらもっと面白い。むしろ、それで行ってしまおうかしらと、ちょっと不埒に考えているところです(…) 長政と義弼には仲良くしていてもらいたい願望が丸出しであれですけれども!長政が六角の所に人質に行っていた頃は、長政と義弼と平井定武さんの娘の三人で遊んでれば良いじゃない妄想が、はい← この頃はまだ、義弼もそこまでプライドが高くはなっていなくて、人質やら家臣の娘と自分の孫が仲良く遊んでても、まぁ良いんじゃないですか別に、な定頼様な具合で。敬愛している叔父さんがそう言うもんだから、当主の義久もそのまま放置しちゃって、何かずるずるいっちゃえば良いんじゃないでしょうか(…)
 下手に幼年期に義弼が対等に接したものだから、その後、プライドがめちゃくちゃ高く育ってしまいましたな義弼と再び会った時にショックを受ける長政とか、妄想が止まらなく…。
 そういえば、野良田の時、義弼は出陣したのかな。

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2009/03/05 (Thu) 怪女と呼ばれた人



 聚楽第に籠ってた秀次を、上手いこと外に誘い出したのは孝蔵主という話を聞いてはいたんですが、それって「川角太閤記」に載ってる話だったんですね。知らなかった。秀吉様の機嫌が良いから大丈夫ですよー、と言って秀次を騙したみたいですが……孝蔵主は本当に人を滾らせてくれます。多分、もっと上手いこと言ってというか、手練手管を使いまくって秀次を外へ出したのでしょうけども。やっぱり、秀次処刑辺りの事件を書くとしたら、孝蔵主が黒幕な感じでいくと思います。でもまずは秀次をちゃんと出さないとと思いつつ、中々出す機会が(…) 孝蔵主にとっては、秀次は好きでも嫌いでもない対象でぶっちゃけいざとなったら目障りな感じになる予定なのですけども、養子ズからは好かれてるイメージで。何か、近所の良いお兄ちゃん的な?← あと、茶々とも絡ませたいと思いつつ、やっぱり出す機会が中々無ry 
 秀次の供養を行うくらいだから、よっぽど茶々、秀次とその妻子の件で心を痛めてたんだなぁと。



 

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2009/03/03 (Tue) ちょっと遡り



 興味のある戦国時代の項目だけ読んで放置していた「北畠太平記」ですが(…) ようやく、最初から読み始めてみました。南北朝のちょっと前、鎌倉幕府を滅ぼす辺りから始まるのですけど、名前の分からない人がたくさんで、あわわわなことになってました← でも、北畠顕家が格好良すぎます。い、今までこの人のことを知らなかったなんて…!ちょっとだけ、何故か重成とイメージがだぶります。忠義に生きて、若くして戦死したからかな。重成の享年が22歳で、顕家の享年が21歳? 顕家の方が、重成よりちょっと苛烈な性格してそうな気はしますけど。
 でも、やっぱり気になるのはこの時代の六角でして(…) 時信さんが、ガチでこの時代を生きた人なのかな。道誉さんに苦手意識持ってたらちょっと萌える。何となく(何となくかよ) 時信さんの子の氏頼も可愛いというか、板挟みになったからって出家しちゃうのあなた!?なところが、すごく← 若い頃がエリート街道驀進中な感じだったらしいので、いっそ、逆境に立たされるとぽっきり折れやすい感じで良いんではないでしょうか。
 といっても、南北朝まで手を出す体力は無いのですけども!(お前)

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2009/03/02 (Mon) 本感想



 「妖説太閤記」読み終わりました。これは、半兵衛が美味しすぎる小説ですな!← 半兵衛のキャラが濃すぎておいちゃんもうどうしようかと。この半兵衛の女嫌いの原因はもしかして龍興だったりするのかしら…いや、何となく。本気で半兵衛がガチに思えてきた不思議です。官兵衛を蹴落としにかかる半兵衛に、おいちゃん、あああああ!てなった。どんだけ半兵衛、秀吉が好きなんですか。あと凄い勢いで光秀が可哀そう、です。この子被害者!凄く被害者!初対面の時から、半兵衛に利用できるなこいつって目をつけられるって、哀れ過ぎて言葉も出ない…。
 秀吉関係だと、茶々に向ける秀吉の愛情が狂ってて良い感じです。茶々に手を出そうとしてた人を三成に切らせて、それが茶々に見えないよう抱きしめるとか、おま!それから、三成の心情的なものは一切描写されなかったんですが、徹底的なまでに秀吉に従う三成が地味に可愛かったです。秀吉がとんでもなく最低人間だと描写されてる中で、黙々とそんな秀吉に従ってるものだから尚、こう、ぐっとくるものが。あと、秀吉が死んで、ちょっとだけ寂しくなってる家康←
 この本が書かれた当時、今よりもっとお綺麗だった秀吉像を見直させてやろう、という気持ちで書かれた本だと思うので、内容自体に別に不満は無いのですが(茶々に関しては最早諦めの領域で)、秀吉に身近な人が死ぬのがことごとく秀吉の毒殺ってされちゃうのは、ええええを通りこしてちょっと笑います。あと、巻末についてる解説は別にいらなかったんじゃないかと。

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2009/03/02 (Mon) 高盛という人



 義弼周辺を漁っていたら、大原高盛に滾った件について←
義弼の腹違いの弟で、お母さんは土岐頼芸の妹。ちなみに、土岐頼芸さんの嫁さんは定頼様の娘だったりします。義弼と、義龍の娘が結婚する話が持ち上がった時、義賢がめちゃくちゃ大反対したのは領内にこの頃、頼芸夫妻を匿っていたっていうのも理由にあるそうです。にしても、将軍匿ったり頼芸さん匿ったり、畠山の義継さん匿ったり、何だ、六角領は避難所か(…)
 そんでもって、この高盛ですが、大原高保さんという人の養子になっていたらしく、この高保さんは氏綱の弟でして。 何 か 色 々 滾 っ た 。 大叔父さんに猫っ可愛がりされてれば良いじゃない(お前) 六角没落時も波瀾万丈でしたが、何だか武田家にお邪魔していた時期があったらしく、武田が滅んだ後も大変そうだったというか…「心頭滅却すれば火もまた涼し!」の快川和尚が焼き殺される恵林寺焼き打ちの原因は、ちょっとこの高盛にあったりします。他にも色々と要因はあったのでしょうが、高盛を寺に匿ってしまったから焼き打ちにされてしまったとか。高盛、恵林寺に匿われる前にちょっととっ捕まって、若狭武田の五郎さんと一緒に切腹させられそうになっていたようで、そこを逃げてきて恵林寺に逃げた模様です。武田が滅ぼされた直後は、若狭武田の五郎さんと、岩倉織田の人と犬蔵織田の人と、更には土岐頼芸さんと一緒に民家に潜んでいたらしく、ちょっと萌えた(…) 伯父さんと一緒!←

 ということで(どういうことでだ) 追記に、試しに描いてみた大原高盛をば。義弼のデザインもできてないのにね!← 例のごとく、イメージを掴んで頂けたら万々歳な幼稚園児並の画力です。マウス描きです。途中で力尽きました。
 仕方ねぇな、一応見てやるよ!という方がいらっしゃいましたら追記へどうぞ…。

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