何か吐いてみる//
乙式、主に暇人干身がだらだらと萌えに任せて吐き出す場所です。創作戦国について主に吐き出しています。同人、腐要素、注意報常時発令中です。
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2010/06/30 (Wed) 大坂でしーぴー的な話


 ふと、人数も増えてきたことだし大坂面子でどんなカプ(雄と雄限定で)(…)を脳内で妄想してきたか、ちょっと纏めてみようと思い立ちやらかしてみたら、微妙に傾向が出ていて若干びびりました(…)
 どうようもなく表に置けない代物なので、追記に隠しておきます←

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2010/06/29 (Tue) 拍手お返事


 いつも拍手を押して下さり、有難う御座います!
 追記にブログ拍手お返事をさせて頂きます。

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2010/06/27 (Sun) 両佐々、き……?


 更新が停滞していて大変申し訳ないです…!今ちょっと、別件でわたわたしておりまして、もう少々お待ち頂けましたら嬉しいです。夏の陣プチ企画、次は重成か糺だ!と無駄に気合いだけは回転していのですけども!百年華影にも手をつけたいですし、何で一日二十四時間で終わってしまうん…?
 そういえば凄く今更ですが『桶狭間戦記』の最新刊を読みまして、ショックに打ち震えております← 1550年の守護大名家の中に六角の名前が無かったとか!京極はあったのに!浅井と六角にぶんぶん振り回されてる頃の京極の名前はあったのに、近江守護や管領代に任命されてた定頼様が存命中で、一番六角がぶいぶい言わせてた頃の六角の名前がなかったorz 京極の名前がなければ、まだ六角の名前が無くとも諦めはついたんです。でも、京極の名前がありながら六角の名前が無いって……佐々木一族の嫡流は六角、なんだ、ぜ。りょ、両佐々木ぃぃぃ!これじゃただの佐々木じゃないか!(…)

 どうでも良いですが、今、伊藤彦造の画集がすげー欲しいです。この歳になって初めてこの人の名前を知りました。もっと早く知ってれば美少年展とか行ったのに!


追記:そういえば、山里曲輪のあとが発掘されたそうですね。私が今年の年明け頃に大阪城へ行った時、三十二義士を祀る観音様周辺で、発掘調査らしきものを行っていましたので、もしかしたらあそこがそうだったのでしょうか。そうなると、観音様の位置がどんぴしゃ過ぎて泣けてくるのですが……俯いている観音様の見つめる四メートル下の地中で、茶々や秀頼、そして三十二義士の面々は眠り続けているんですね。

 山里の 悪夢はさめむ とこしえに 弥陀の浄土で一蓮托生

 という三十二義士追悼の碑に彫られている歌を思い出してしまいました。

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2010/06/25 (Fri) 春の夢


 何となく書きたくなったので、追記に又治風味のSSS崩れを投げ込んでみます。米村さんの昔語りな感じです。



 

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2010/06/22 (Tue) ちょこっとメモ




 ブクマに、素敵サイト様を1件リンクフリーに甘えまくって(…)追加させて頂きました。あちらの幸村×又兵衛がドツボ過ぎて参ります。結婚してしまえば良いのにあの二人← 
 あと、通販に「小望月」と「ダイウニィレトロスペクション」を追加致しましたので、宜しければ是非ご利用下さい!


 取り敢えず、下にメモメモ。
・疱瘡に罹った千
・讃岐の一部は関ヶ原後も豊臣家の天領
・慶長二十年~寛永迄の間にふっつり名前の消える治純
・江戸時代の町奴は関ヶ原浪人二世や大坂浪人とも繋がる
・幕末、倒幕派になった真田家の強さは異常wwwだったとか。徳川は真田に任せろということか。
・秀頼様の政所様と呼ばれる千に萌え
・慶長九年八月十八日(秀吉の命日)に豊国社に参詣した面子→福島正則、加藤清正、織田有楽、浅野長政、幸長、京極高次、高知、鍋島(直茂?) この他、小名衆が参詣したとか。

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2010/06/20 (Sun) 戦国オンリー



 イベントお疲れ様でした!
スペースに立ち寄って下さった方、手に取って下さった方、ご購入下さった方、お声をかけて下さった方、本当に有難う御座います。終始じゃがりこ食っててすみません。急遽、売り子に来てもらった友達にも迷惑をかけっぱなしで、色んな方面に頭を下げなければならない感じです(…)
 バサラの半秀を取り扱っているサークルさんがたくさんあって、ほくほくでした。大漁なんだぜ…!

 11月のも参加したいなーと思いつつ、ここら辺で失礼します!

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2010/06/19 (Sat) 6/20のイベント



 6/20の『恐惶謹言第八陣』にスペースNo,R23で参加させて頂きます。
 




リラリラリリラ / 大坂衆(五人衆+a) / 漫画+小説
 相変わらず大坂衆がアホやってる小説と、茶々と秀頼のほのぼの漫画と、盛親と勝永の漫才四コマな内容です。

椿のまろうど / 小西行長×加藤清正 / 小説 / 18禁
 ※18歳未満の方にはお売りできませんのでご了承下さい
 精一杯小西と清正を歩み寄らせてみた結果がこれだよ!という内容です。関ヶ原後の話で、清正の白昼夢というか幻というかそんな感じです。

小望月 / 蜂須賀小六×豊臣秀吉 / 小説 /「雨落つる笑み」「童唄」の加筆修正+a
 ツンケンな秀吉を、どう小六がデレさせていくかという話です(…) サイトにアップした二つの話を収録している他に、小六と秀吉の出会いや「童唄」その後の話なども入っています。

ダウニィレトロスペクション / 大坂の陣譜代衆 / 小説 / 再刷
 譜代衆布教本です。布教本です(…) 七手組や、治長、治房、重成、糺、長秋、兼相あたりが大坂の役の始まる前の大坂城で過ごしている日常、な具合です。時々ちょっぴり小谷城。



 以上の本を持っていく予定です。
乙式メンバーの二人が用事があっていけないということで、当日は干身が店番していると思いますので、よろしかったら構ってやって下さい← 友達に頼みこんで売り子に来てもらえなかったら、あわや一人でぽつんと座ってるところでした(…)

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2010/06/18 (Fri) 砂でつくった奇跡です


 色んなとこに浮気してても、気付くと書きたくなってしまう又治。やっぱり好きなんだなぁ。
 追記にこそっと、物凄く短い又治でSSS崩れを。

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2010/06/17 (Thu) 8月2日


 慶長九年の八月二日に、豊国社で湯立を行った人々の顔ぶれに、きゅんとしてしましました。ねねが社参したとしか書かれていないので、ねねが他の面々の祈願を、代わりにお願いしたいのかなぁと。政所(ねね)、松丸殿(龍子さん)、備前様(多分豪)、万里小路内儀(摩阿)ときてしまったら、もう、ふぉおおとなるしか。しかし、同じく湯立てを行った「中納言殿」という人が気になります。い、一体誰なのあなた…!
 秀家が八丈島に流された後も、備前様(=秀家の妻)として在り続けたのだろう豪のことと、この一年後に死没してしまう摩阿のことを考えると、切な過ぎて腹がもぎれる(…) 秀吉と摩阿の文通時代が地味に好きです。14歳の小娘と文通から始める天下人www 大好きだ、殿下。

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2010/06/15 (Tue) 直政と明石さん



 大坂夏の陣プチ企画、直政と明石さんの話をどうにかアップ出来ました!携帯サイトの版の方はもう少々、お待ち下さい!ダー!と勢いだけで書いてしまったので、後でこっそり直してるかもしれません(…) 話の中に出てくる土肥庄五郎と高橋半三郎と、十三郎、それから秀頼の小姓やってるんじゃね?という妄想で書いてみた治徳(弥三郎)は、5月8日に秀頼・茶々と共に自害しています。残される人の話も、書いてみたいなぁと。でもまずは、直政とカタリナ(仮称)の出会いからなんだぜ…!

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2010/06/13 (Sun) フライング土下座



すみません直政と明石さんの話、終わりませんでしたぁあああ!明日はほぼ一日拘束されてしまうので、今日が勝負だと思っていたのですが…!本当にすみません。アップアップ詐欺でごめんなさい!どうにかこうにか、来週の月曜までには、はい!

 ABで俺の嫁が眼鏡を残して消えてしまったので、テンションだださがりだったんです(…) 畜生、NPCになっても愛してるけど、でもさぁああ!妄想ははかどるけど、でもさぁああ!← 高松目当てに見ていた私は一体これからどうすれば良いの(知らないよ)

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2010/06/11 (Fri) プチ企画



 大坂夏の陣プチ企画、ちみちみと書きすすめてはいるんですが、13日に全てアップは厳しそうです…!すみません!一応、次は直政の話をアップする予定です。直政+明石さん的な話です。直政が、将来の嫁である明石さんの娘と出会うちょっと前な感じで。13日までに直政の話はどうにかアップ出来るよう、頑張ります!
 そういえば、冬の陣の終わった後の講和期間中に、治長は京へ赴いているのですが、その時に金森宗和さんと会ってたら、ちょっときゅんときます。この二人は仲が良かったと信じて疑ってません←
 

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2010/06/07 (Mon) 秀吉夫婦



 あれこれ妄想していたら、秀吉×龍子さん夫婦の組み合わせが、大分好きなことに気が付きました。秀ねね夫婦も、秀吉→←茶々な夫婦も、勿論大好きなんですが、秀吉龍子夫婦の組み合わせはなんかこう、ぐっとくるんです…!小説だと、高次の為に仕方なく秀吉の妻として忍従している、という龍子さんをよく見かけるのですけども、なんやかんやで秀吉に愛情を抱いていたら良いなぁと。私の中の龍子さん像が結構アグレッシブな人なので(…) 忍従しているというイメージが無いのも、理由の一つかもしれません。茶々のイメージは菩薩様なんですが、龍子さんのイメージはどういうことか鬼子母神(どうしてそうなった) 国松に秀吉のことを語って聞かせる龍子さんの姿を想像したら、ふぉおお!となってしまいました。いや、でも、龍子さんが国松を育てた可能性が高いということは、国松が処刑される直前に徳川家を弾劾したのは、龍子さんの教育の影きょ…げふんごふん。実際のところどうなの龍子さん。
 秀吉が龍子さんにあてた、独占欲丸出しな手紙が大好きです。「お前が湯にはいると知ったら付いてきたがる連中がたくさんいるんだからな!ああ心配だ!」(超意訳)な感じのお手紙です(…)
 龍子さんは秀吉の正妻達(福田千鶴先生曰く、一夫一婦多妾制は江戸時代からのしきたりで、秀吉の時代は正妻が複数いたら駄目という規則はなかったそうな)の中で序列三位の人ですが、名護屋の陣で正妻序列一位の寧々や、序列二位の茶々の代わりに「妻」としての仕事を果たす姿を想像すると、によっとします。名護屋へ在陣していた諸大名への挨拶やら、諸大名の連れてきた妻妾達のお世話兼管理やらもしていたんだろうなぁと。丁度、寧々が人質として送られてきた大名の奥さんや娘さん達の管理をしていたのと同じような感じで。茶々の懐妊が発覚して、茶々が名護屋を去るまでは、茶々と二人三脚でこなしていたのでしょうけども。


 そういえば、福田千鶴先生の「お摩阿は聚楽第の天守に住んでいて、豊臣家のお金の管理をしてたんじゃ?」という説に納得してしまったので、時々聞く「お摩阿は体が弱く、秀吉のもとに侍ることよりも、前田屋敷にいることが多かった」という話の出典が気になってます。何か知っている方がいらっしゃいましたら、教えて下さると助かります。他力本願ですみません…!

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2010/06/05 (Sat) 6/20のイベント



 お久しぶりです!
 終わりました!やっと、終わりました!オンリーの原稿が! ………大坂夏の陣プチ企画にまったく手がつけられなかったぁあああ…! 6月20日の戦国オンリー合わせの原稿が実はぎりぎりなことが発覚しまして、ずっとそれにかかりっきりになってしまっておりました。大変申し訳ないです。20日の新刊は、この瀕死になりながらどうにか終わらせた小六×秀吉本になりそうです。新刊と言っても、既にサイトへアップしている「雨落ちる笑み」と「童唄」に加筆修正をして、そこへ、秀吉と小六の出会いエピソードやら「童唄」のその後を書いたエピソードを入れた、という構成になっているんですけれども。ずっと書きたかった、小六と秀吉の出会い話です。20日はこの小六×秀吉本と、譜代本をコピー本に刷り直したものと、創作戦国オンリーの時に出した大坂衆本と、コニキヨ本を持っていく予定です。またイベントが近くなりましたら、ここにちゃんとした持って行くもの一覧を書きますので、宜しくお願いします!

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