何か吐いてみる//
乙式、主に暇人干身がだらだらと萌えに任せて吐き出す場所です。創作戦国について主に吐き出しています。同人、腐要素、注意報常時発令中です。
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2008/11/10 (Mon) 読了と感想


 「茶人豊臣秀吉」読み終わりました。
うん、ご免殿下…私殿下のこと誤解してた(お前) 秀吉はお茶のことも、派手に黄金で良いじゃーん!寂の精神?超俗の美学?何それ美味しいの?な感じだと思ってたんですが、全然そんなことなかったです。利休の推し進めようとした「冷・凍・寂・枯」を理解していたからこそ、利休提唱の創作茶の湯を推し進める役割を演じたわけで。黄金で派手に行こうぜ!というのは、秀吉が行った茶の湯のほんの一端に過ぎなかった模様です。利休流の唐物に囚われない茶の湯をすることもあれば、利休よりも前の紹鷗流の、唐物第一主義を取る伝統的な茶の湯もすると。加えて、茶屋(座敷よりもあけっぴろで大衆的色合いの強いとこ)での、自由気侭なお茶もしたりやら。秀吉の黄金の茶室は、造り的に茶屋だったらしいので、最後の自由気侭なお茶のカテゴリに入るのかな。あと、古田織部流のお茶は、利休よりも、秀吉にそのルーツが見えるとか何やら。天目に、でんと茶入れを入れるのは、古田織部が好んで行って、織部流の人も好んだようなんですが、一番最初にこれをやらかした記録が残るのは、秀吉らしいです。
 唐物第一主義をとる、徳川家も含めた武家の茶の基礎を定めたのも、どんなに利休の創作茶の湯が流行ろうとも、紹鷗流を頑なに用い続けた秀吉っぽいねぇな感じらしいです。…ほぼらしいですで括ってて申し訳ないです。孫引きも良いところなんで!←
 ただ、あれです、真面目な目でばかり読んでいたわけもなく!宗麟にお茶を点てる間中、ずーっとくっちゃっべってる秀吉にはあはあしたり、神谷宗湛と秀吉のやり取りにえらくはすはすしたり。何!あの可愛い生き物!宗湛相手に、「花を生けてくれなくちゃ、帰さないぞ!(超意訳)」って…お、おまぁあああ!(黙れ) 宗湛→秀吉って、ありですかげふんごふん。この本を読んでると、商人達が気になってくるなぁと。というか、信様に用があって上洛したのに、ばったり信様から名物の茶器を貰った秀吉と遭遇しちゃった上に、茨木城でお茶しようよ!とか誘われて、そのままお茶をしにUターンする津田宗及にきゅんときた。でも、宗湛→秀吉は本気でありだと思う(…) 秀吉は、宗湛に、甘すぎる。秀吉が宗湛の手をとって、茶室に上がらせてあげてる話を読んだら、動悸が止まらなくなった(病気です)
 あと、長曽我部の元親さんが利休と共同でコントの脚本書いてた。…あれは、あれはコントだろう……。

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