何か吐いてみる//
乙式、主に暇人干身がだらだらと萌えに任せて吐き出す場所です。創作戦国について主に吐き出しています。同人、腐要素、注意報常時発令中です。
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2008/11/22 (Sat) 図録とか書状とか


 そういえば、ちょっと前なんですけど、大阪城からも図録が届いたんですよ!もう、書状が、えらくはすはす、する←
 秀吉が、お伽衆の有馬則頼さんへ送った朱印状なんですけど、要約すると、
「もっと早く病気にかかったって教えてきたら、医者に診せたのに何で言わないの!関戸に施薬院と祐庵(秀吉の侍医)がいるから、すぐに呼んで診てもらえ。とにかく養生するんだよ!治ったら、一、二も無く俺のところへくること!本当に、施薬院と祐庵を呼んで養生しなくちゃ駄目なんだからね!あと、満介(則頼さんの息子)も傍に置いて、ちゃんと養生に精を入れること!油断したら処罰するぞ!」
 ………すごく、ツンデレです……。
秀吉にそんなツンデレ要素があったなんて、おいちゃん知らなかった。あれかな、初対面の人にはデレデレで接して、馴れた人だとツンデレに移行するとか?(知らないよ) あとは何だか、秀吉って本当に花が好きなんだなぁと。お茶に関しても、花に関する話が結構残ってるし、吉野の花見での歌会でも、お題が全部花に関するものって。いや、まぁ、花見だったから花に関するものにしたんだろうけども←
 それから、冬の陣が始まる前の、治長の名前が出てくる書状も載ってて、おおおおお!と。秀頼の側近が青木さんに送った書状らしいんですが、大坂城にやってきた織部を治長が出迎えたらしく。師弟!師弟!次の日の朝、片桐さんの屋敷へ行ったらしいので、大坂城に到着した日は治長の屋敷に一泊してると良いなと。あと、この書状を書いた秀頼側近の人の名前が、重□となってまして…□の部分が、成の、重成だとちょっと面白い。
 他にも、利休が秀吉に向かって「絶対、あの一揆の裏では政宗が糸引いてるに違いないんですよ!」発言したことを、利休自らお友達に報告する書状があったりで、おおうと。ちょっと、意外と俗っぽいんだぜ利休(…)

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