何か吐いてみる//
乙式、主に暇人干身がだらだらと萌えに任せて吐き出す場所です。創作戦国について主に吐き出しています。同人、腐要素、注意報常時発令中です。
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2008/12/12 (Fri) 事典で諸々


 今日、ちょっとお勧めされた「戦国大名閨閥事典」を読んでみました。小和田先生編集のようで、成程と。海津局さんの死没した年が載っていたり、京極浅井六角についても載っていたので、おおおおとなりました。海津局さんの死没年が載っている通り1655年だとすると、1630年死没の直政は、海津局さんより早く死んじゃったんだなぁ…。というか、海津局さん物凄く長生きですね。父親と実家を失う小谷落城を経験して、戦乱を生きて、更に夫と妹と主人を失う大坂の役も体験してって、変に若い江戸時代の侍よりも戦のことを知ってそうだよ本当に。生き字引きな感じになってそう←
 京極と浅井と六角のところも読んでみたんですけど、やっぱり、久政と朝倉義景って異母兄弟なのかなぁ。六角能宗が二人の父親で。だとすると、何か色々深い、ような。京極高広高吉兄弟についても、実は高吉は、高清に自害へ追い込まれた材宗の子なんだよ!って書いてあって滾りました。この兄弟の一番大きい悶えポイントはやっぱりここですよ!高吉が、妻のマリアさんと一緒に切支丹になったのは、自分の病気だけが理由だけじゃなくて、高広のことも絡んでると良いなぁと。お互いに、相手を殺すか失墜させるかのためだけに、半生費やしたようなものだもの、あの兄弟。あと、やっぱり、定頼が格好良かった、です…!幕府では常に少数派に与する的なことを書かれちゃってる定頼に痺れる。おまけに何やら、三好長慶VS六角定頼の戦いがあったって、マジですか! やばい、熱い、熱すぎる。定頼VS亮政も、かなり熱いですけど!何だか、この時代の近江って、萌より燃えな感じがします。
 そういえば、大永五年に、亮政が定頼に負けて美濃へ一旦逃げ延びた時、蔵屋さんとか一族はどこにいたんだろ。小谷に籠り続けてた、とか?うん?(…)

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