何か吐いてみる//
乙式、主に暇人干身がだらだらと萌えに任せて吐き出す場所です。創作戦国について主に吐き出しています。同人、腐要素、注意報常時発令中です。
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2008/12/19 (Fri) ごちゃっと


 PC版のサイトに置いてある年表を、すごく久々に更新しました。今まで以上に見ずらいことこの上ねぇ…っ!ネット情報や本などを読まず、史料だけでやってこうぜ!なんていう、お前馬鹿だろとしか言えない枷を自分に嵌めてしまったので(…) 物凄く更新遅い上に、自分用メモ以外の何ものでもなくなっている代物ですが、生ぬるく見守って頂けましたら幸いです。ほんと、もう、まったく言い分の違ってる人達の調書とってる気分と言うか!おま、さっきの人ああ言ってたんですけど、あなたと言ってること違うんですけどぉおお!な具合でして、はい← 自分の家が活躍したんだぜ!って残したいのは当たり前のことなんだろうけどさ。
 話は大分飛ぶんですが、秀吉の、秀勝(於次丸の方)可愛がりぶりに打ち震えました。秀勝が病気になる度に、物凄い勢いで寺に平癒祈願してたり、お気に入りの医者な竹田定加を送ったりなぁ…秀勝の持つ織田家の名目が惜しいからかなと、最初は思ったのですが、秀勝が病没する時期って、もうそれほど織田の名目が必要な時期でもないし。純粋に可愛かったんだろうなと思ったら、何かこう、いてもたってもいられなくなりました(落ち着け) おまけに、秀勝が秀次と歳が近いか、もしくは同い年であることに、おおおお!と。同じ養子は養子でも、信様の息子である秀勝と秀次じゃ、扱いが違ったのかなぁとか、秀次は秀勝に対して羨望とも憧れともつかないものを抱いてると良いなぁ妄想とか、色々ひどく、なり、まし、た…っ!
 私の中で、秀次は十代後半辺りまで、秀吉からのお説教の手紙にあるように、秀吉の甥であることを鼻にかけてぶいぶい言わせてたけれど、色々あって、人格者になっていったんじゃないかなぁな妄想があるので、秀勝の死が、成長するきっかけの一つになってたら萌える!な結論に至りました← 




 秀次→秀勝ってあry

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