何か吐いてみる//
乙式、主に暇人干身がだらだらと萌えに任せて吐き出す場所です。創作戦国について主に吐き出しています。同人、腐要素、注意報常時発令中です。
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2008/12/29 (Mon) ある兄弟


 何だか色々と妄想していたら、長浜時代、片桐さんじゃなくてその弟の貞隆の方が三成らへんと付き合いがあったのかなぁと思ったりしました。片桐さんは三成らへんからすると結構年上だけど、貞隆って1560年生まれですし。多分、片桐さんと一緒に秀吉に仕えたんだろうし。貞隆の幼名駒千代が、やったら可愛くてどうしようかと← ~千代な幼名って可愛いですよね(…) 
 ちょっと、片桐兄弟が気になっています。大坂の役と治長を妄想するにあたって、大きな位置にいる二人なので…。片桐さんにとって、鐘銘事件での治長の反応と対応は予想外だったらしいので、事件が起こるまで、貞隆を含めた三人が物凄く親しい間柄だったらえらく滾ります。ぶっちゃけ、片桐さんが浅井家臣時代に一度幼治長と会ってりゃ良いんじゃなかろうかと←
 豊臣家も滅んで片桐さんも病没した後、豊国大明神を参拝した貞隆の気持ちを考えると、何だかとても居た堪れなくなります。私の中で、治長と片桐兄弟は、どえらいすれ違いをしてしまった人達というイメージがあったりします。もっと理解しあえなかったのかお前ら……。治長と片桐兄弟がすれ違わなくても、重成と糺を筆頭に若い衆が猛りに猛っていたので、やっぱり結果は変わらなかったかもですけど!← 

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