何か吐いてみる//
乙式、主に暇人干身がだらだらと萌えに任せて吐き出す場所です。創作戦国について主に吐き出しています。同人、腐要素、注意報常時発令中です。
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2009/02/09 (Mon) 長政と義弼


 浅井長政と六角義弼の生まれた年が同じって、私を萌殺すつもりかぁああああああああ!←
 つまり、何、あれか、人質になってた阿古さんと長政が1553年に小谷城へ帰るまでの間に、この二人は面識があったかもしれないわけで、下手をすれば幼馴染…み?仲が良かったかどうかは別として。何だかそれを踏まえつつ、長政の六角随従からの脱却とか、義弼の起こした観音寺騒動を妄想すると、色々絡められそうだなぁ…長政は義弼と対等になりたかったとか、義弼は長政が急に大きく遠くになっていきそうで焦ってた、とか。「お前はずっと俺の傍で俺に従ってれば良いんだ!」みたいな。……あれ、義弼→→→長政?(…)
 義弼が晩年、死ぬその時まで茶々と秀頼の傍にいたのは、長政の娘と孫を見守る為だったりして。なんて夢みたいなことをほざいてみます。
 長政(1545年生まれ) 義弼(1545年生まれ) 龍興(1548年生まれ)の三人が揃うと、微妙に呼吸困難が起こりそうになります。久政が義久の子供で、義弼の嫁が義龍の娘だとしたら、こいつら皆親戚同士になるんだぜ夢みたいだろ(知らないよ) 頑張れ1540年代生まれ信長包囲網。

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