何か吐いてみる//
乙式、主に暇人干身がだらだらと萌えに任せて吐き出す場所です。創作戦国について主に吐き出しています。同人、腐要素、注意報常時発令中です。
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2009/03/07 (Sat) 退耕庵



 今、友達が京都旅行に行っているのですが、どうやら東福寺の退耕庵が特別公開されていたみたいで…!良いなぁああああ!(黙れ) 普段見れないのが見れるって、良いですよね。退耕庵ってことだから、修行時代恵瓊さんと同じ空気が吸えるなんて羨ましすぎる。あと、関ヶ原直前に、恵瓊さん、三成、小西、あと、大谷さんもいたのかな。何かこの辺の面子で密議をした茶室もあるとか、凄くないか。来年のこの時期に、また特別公開されたりしてないのかなぁ。退耕庵は、行ってみたい場所の一つです。16歳の恵瓊さんが修行して、おまけに生活もしていたなんてそれなんて美味しい空気。円侃さんとの愛の巣だったと信じてる(…) 
 恵瓊さんって、僧侶で大名だったとか言われていますが、恵瓊さん個人というよりも、安国寺の寺領として、領地が与えられたっていう見解もあるみたいですね。私としては、そっちの方がしっくりくるかなぁと。領地を恵瓊さん個人に与えられていたのなら、直々の家臣団がいてもおかしくないのに、実際に恵瓊さんが関ヶ原の時に指示下に置いていたのは、安国寺与力衆という、毛利家から貸し与えてもらった人達だったらしいので。ぶっちゃけ、そういう難しい話を抜きに、安国寺宛の寺領の方が、恵瓊さんの安国寺大好きぶりが際立って良いかなと← 安国寺好き過ぎるだろう恵瓊さん。小さい頃育った寺で、銀山城が目の前に見えるんだものなぁ…大事にするか。
 肥後の一揆を鎮圧した時、一揆に加わっていた辺春さんという人が、切腹するに当たり、自分の十二、三歳になる遺児を恵瓊さんに預けたという話が好きです。その子が、後に安国寺与力衆の一人になったとかもう、あれだ、滾る←

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