何か吐いてみる//
乙式、主に暇人干身がだらだらと萌えに任せて吐き出す場所です。創作戦国について主に吐き出しています。同人、腐要素、注意報常時発令中です。
--/--/-- (--) スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |


2009/05/23 (Sat) 秀吉の出自




 秀吉の出自について、農民でも良いんですが、サンカの出身設定で行きたいなぁと。サンカについては、柳田国男の提唱した傀儡子の流れというのでここでは行こうかと。傀儡子というのは、平安時代に書かれた史料に登場していて、一定の住居を持たない、という点でサンカと共通しているのだとか。秀吉の父親である弥右衛門が瀬降り者だった、という伝承があるやら無いやら。瀬降りというのは川辺で生活をする人のことなので、川辺で生活をするサンカと繋がるようです。
 弥右衛門(ぶっちゃけ、弥右衛門って名前も怪しい気が)が死没したことで、瀬降りの生活が難しくなって、中村村に住むようになったんでねぇのかなと。秀吉の出身がサンカなら、ねねの母親が、死ぬまで(秀吉が関白の地位になっても)ずーっとねねと秀吉との結婚に反対していたのも納得出来るような。戦国期のサンカの地位はわからないですが、やっぱり、決まった定住の地を持たずに暮らす人達出身の人間と、曲がりなりにも武家である家の人間との結婚は難しかったんじゃないかな。
 でも、重門の書いた「豊鑑」を読んでも、卑しい出だったんだよ!しか書いてなくて、おま、みたいな。もっと秀吉が生きてる内にリサーチしときなさいよ!←

スポンサーサイト

戦国的な | trackback(0) | comment(0) |


<<豊国祭礼屏風図 | TOP | 報告と閨的なアレでソレでコレ>>

comment











管理人のみ閲覧OK


trackback

trackback_url
http://nanhaki.blog71.fc2.com/tb.php/423-be126286

| TOP |

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。