何か吐いてみる//
乙式、主に暇人干身がだらだらと萌えに任せて吐き出す場所です。創作戦国について主に吐き出しています。同人、腐要素、注意報常時発令中です。
--/--/-- (--) スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |


2009/05/25 (Mon) 豊国祭礼屏風図



 豊国祭礼屏風図の回だということで録画していた「美の巨人たち」を今日観たんですけれども、な、なななな内膳ーーーっ!切ねぇよ…切な過ぎるよあんた……。豊国祭礼屏風図の存在は知っていましたが、じっくり見たりすることが無かった分、面白かったです。色んな民衆の姿が描かれている所も、えらく躍動的に民衆が描かれている所も、あり得ないくらい細かくて。でもやっぱり気になったのは、臨時祭礼があった時にはもう壊れてなかったはずの方広寺が描かれてることかなぁ。この番組だと、内膳の秀吉に対する想いだと解釈されていましたが、もしも本当にそうだとしたら切な過ぎるんだぜ内膳。おまけに、最期は大坂方の残党として処刑されたってまじか。山楽や山雪と同じく、大坂城に籠ってたってことなのかな。絵師だってことで許された山楽、山雪と違って内膳が殺されたのは、最後まで反抗的だったりしたからなのか何なのか、妄想がくすぐられます。内膳は荒木家に仕えていた家の息子で、村重の生き残った息子(岩佐又兵衛)とも付き合いがあったような?な具合らしいので、結構波乱万丈な人生を送っているような気がする。成瀬勝嗣さんの書いた「狩野内膳考」によると、秀吉がその才を見出したらしいので、山楽と良い友松と良い、何だこの秀吉関与率は……。 
 番組の最中に説明されていて思い出したんですが、そういえば応仁の乱で荒れた京都の大規模な区画整理を行ったのって秀吉なんですよね。民家の密集地を短冊形の区画に変えたとか何とか。良く分かってないんですけれども←
 

スポンサーサイト

戦国的な | trackback(0) | comment(0) |


<<秀吉デザイン | TOP | 秀吉の出自>>

comment











管理人のみ閲覧OK


trackback

trackback_url
http://nanhaki.blog71.fc2.com/tb.php/424-3fbec41d

| TOP |

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。