何か吐いてみる//
乙式、主に暇人干身がだらだらと萌えに任せて吐き出す場所です。創作戦国について主に吐き出しています。同人、腐要素、注意報常時発令中です。
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2009/06/02 (Tue) 大坂あれこれ



 梵瞬さんのか義演さんのだったかちょっとド忘れしてしまったんですけれども(…) 豊臣家の人達へ献上したものリストみたいな感じの奴で、多分治長だろうと思われる「修理」の次に書かれてる「弥八郎」って治房のことだったりするのかな。もしもそうだとしたら、慶長十八年の時点まで治房は主馬を名乗っていなかったことになりますが…。治房ではないとしたら、治房は献上物を貰うほどの地位ではなかったってことになるのかな。「主馬」の名前は見当たらなかったので。いかにも字です!な名前が並んでいるのを見ると、この中に字の分からない譜代ーズの字があったりするのかなぁと、どきどきが止まりませんでした。とりあえず、伊藤さんの字は分かった!忠右衛門っていうんだぜあの人!忠ちゃんて呼んでやろ← 重成の字もあったのかな。あの中に。秀頼の名前のすぐ近くにいくつか字があったので、そのどれかだったりして。
 あと、秀頼の使いとして、江戸にいる秀忠の元へ年賀の挨拶に遣わされた薄田さんにはらはらした。うん、どきどきじゃなくて、はらはら。す、薄田さんてば、ちゃんと役目こなせたのかしら!?うっかり遊女と遊んで砦取られたり、又兵衛と一緒に飲んでたり、凶器片手に大暴れしてる話しか知らないんで、凄く心配、です。でも、秀頼が使いとして遣ったくらいなんだから、そういうこともちゃんと出来る人だったのかな。もしくは、大坂城で風邪が大流行して薄田さんしか無事な人がいなかったとか(…) もう本当、秀頼様御姫様御袋様の名前が三つ続けて書かれているだけで和むことに気がつきました← 茶々が慶長六年、八年に気鬱に起因する不食を治す薬を処方して貰っていたり、十八年には、茶々の不食を治す為に、秀頼が祈祷を依頼しているのを見ると物凄く切なくなりますが……。慢性的な感じだったのかなぁ。病気といったら、十一年の治長のも凄いけど。嘔逆(嘔吐が止まらなくなる)と久痢(長引く下痢)で挙句の果てに下血て……上下のダブルで来るとは。その時の治長の症状で検索を色々とかけてみたんですが、胃腸炎だったのかしら。もしもストレス性だったら泣けてくる。

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