何か吐いてみる//
乙式、主に暇人干身がだらだらと萌えに任せて吐き出す場所です。創作戦国について主に吐き出しています。同人、腐要素、注意報常時発令中です。
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2009/06/17 (Wed) 糺と七手な人達



 糺の字は、権之助→権兵衛→(役職名)内蔵助のルートを辿ったってことで良いのかな。権兵衛の名前は駿府記に糺の名前で登場済みなんですが、権之助という名前は、糺の息子である守の幼名だそうで。守は大きくなってから、糺と同じ権兵衛を名乗っているので、糺の幼名も権之助だったのかなぁと。このことが載っているのが「青大録」という史料にあった、青木なんちゃらさんに仕えたい山本鉄斎さんという人の書いた自己アピール!というか、エントリーシート的な(…)ものだったので、全部鵜呑みには出来ませんけども、さすがに名前で嘘はつかないだろうしなぁ。
 取り敢えず鉄斎さんのエントリーシートによると、鉄斎さんは大坂の役では糺の下に付けられていた人だそうです。鴫野で散々な目にあった糺は、道明寺の時、滅茶苦茶気合いが入っていて、大差し物をがっつり差して、一歩も退かない心構えだったとか。それから、糺に当たった鉄砲の位置が、胸ではなく脛になっていました。でも、どっちにしろ痛いよな……脛に銃弾が当たるって。銃弾の当たった足で、翌日長時間戦場を駆け回ってたのかと思うと、糺が城内で鬼神と呼ばれていた理由が分かる気がします← というか、弾の当たる位置にまで出てきちゃってたのかしら糺。
 



 それでは!唐突に始まりました、
 「七手組の影薄三人組に愛の手を!!」
 のコーナーです(…) 七将星や治長、団右衛門のインパクトに押され、いまいち地味な感じの否めない七手組(親衛隊なのに!)の中でも更に影の薄い、野々村さん、中島さん、堀田さんの三人について近辺調査をしてみよう!という趣旨のコーナーです。打ち切りの危険性を多分に孕んでいます(…)

 記念すべき第一回目は、野々村さんについて。
お兄さんに、信様に仕えていた野々村三十郎さんという人がいますが、どうやら織田家中には同時代野々村三十郎さんが二人いたようで。このことが、wiki先生他多くのサイト様で混乱をきたしているようです。ぶっちゃけ、私も良く分からないです← 「センゴク」にも登場している野々村三十郎正成さんとするか、信様死後は佐々成政に仕えて1584年に討ち死にした野々村三十郎正利さんとするのかで、野々村吉安さんの生涯も変わってきてしまいます。おまけに、wiki先生だと、正利さんと正成さんは同一人物のような説明になっていて、もう、うきゃぁあああ!ものです。
 正成さんの弟だとすると、諱は吉安の他に幸成。仙石秀久の舅に当たります。つまり、大坂城に入城していた仙石宗也斎のお祖父ちゃんということに…っ!兄(正成さん)を本能寺の変で失った、というえらく物語にし易い過去もおまけでついてきます←
 正利さんの弟だとすると、仙石家とは何の親戚関係も無いということになります。そんでもって、兄を秀吉によって奪われたということに。
 そしてこの野々村さん、亡くなった状況にもまた諸説ありまして……二の丸で自害したという説と、討ち死にしたという説とがあります。討ち死にした説の方ですと、ひたすらに戦い続け、最終的に鳥居土佐守さんの隊、酒井忠世さんの隊、井上主計さんの隊、安藤次右衛門さんという人の隊、前田利常さんの隊に囲まれてしまい討ち死にしたようです。戦った面子を見るに、岡山口にいたのかな。
 兄弟にせよ亡くなる状況にせよ、何やら情報が錯綜しているようなので、野々村さんに関しては調査続行ということで!次回は、堀田さんで出来たら……良いなぁと。

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