何か吐いてみる//
乙式、主に暇人干身がだらだらと萌えに任せて吐き出す場所です。創作戦国について主に吐き出しています。同人、腐要素、注意報常時発令中です。
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2009/07/22 (Wed) 雑誌記事



 十数年ぶりに(歳がばれる)(…) 初代ポケモンを起動したら、あまりに楽しすぎて困ってます!ぅおおおお他に何も手につかねぇえええコラッタがラッタに進化したよぉおお!そんなこんなで、何も新しい話が書けてない、です……すんまっせん!SSS崩れでも、本編でも、暗いのが続いてしまったので、次はテンション高めなのを書きたいなぁと。乳の話で盛り上がる羽柴家大人組とか← 前野長康さん、浅野長政さんの二人も出したい、です!出来たら!
 話は飛びますが、千が輿入れしてきた時、わざわざ大坂城までやってきて、豊臣家側として千を迎える役目を務めてくれた浅野幸長さんに涙がちょちょ切れそうになった。そういえば、関ヶ原の時、治長が正則の隊に参加出来るよう取り計らってくれたのは幸長さんだったんだよなぁと。武具や手勢を貸してくれたのも浅野さん家だし……な、何か、ちょいちょい浅野さん家に恩があるな治長。紀伊での一揆起こさせっぷりには、容赦が一切無いですが(…) 
 それから、1952年に出版された『日本歴史』という雑誌の記事に、治長についてのものがあるということで読んでみました。治長に凄く第三者的に冷静な評価を下してくれていて、ちょっと嬉しかったです。べた褒めというわけではなく、失敗は失敗だと指摘した上で、評価出来る所は評価するという姿勢で書かれていました。1952年という書かれた年代を考えると、珍しいことなのではないかと。あ、でも、植村清二先生の書かれた治長の再評価についての論考は初出が1941年なので、それを考えるとそうでもないのか。記事の最後ら辺に「彼の筆蹟はまこと流暢であり、しかも洒脱であり、一種の風格を持ってゐる」という一文がありまして、き、気になるじゃないですか…!どんな字だったんだよ治長。どう見ても巾着袋な花押は見たことありますけども。

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