何か吐いてみる//
乙式、主に暇人干身がだらだらと萌えに任せて吐き出す場所です。創作戦国について主に吐き出しています。同人、腐要素、注意報常時発令中です。
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2009/08/14 (Fri) 治長諸々


 古田織部と治長の師弟関係を妄想すると、凄く胸が苦しくなります(病気です)
古田織部が極意をつづった『織部百カ条』という本の興聖寺に伝来したものには、奥付に「大野修理殿へ」と書いてあるらしく、はんぱなく妄想を掻きたててきやがります← 大坂の陣の戦火に巻き込まれず現存しているということは、きっと治長が戦いが始まる前に、どこかの誰かへ預けたんだろうなぁと。しっかりと書かれた治長の名前は、何度も削られた痕跡があり、けれども消えず残っているらしいです。豊国神社の石灯籠と良い、治長の名前はくっきり残る宿命にあるのか← きっと、大坂城が落城した後、徳川に刃向かった「罪人」の名前として、消さざるを得ないという状況になったんでしょうね。結局消えなかったみたいですけれども……何か、えらい涙腺が緩いんですが。何だ。歳か。
 伊賀耳付水指破袋についていた水指に対する評価の紙が治房宛てだったのを考えると、治房も織部の弟子だったのかしら。それとも、治長が仲介になってあげた、とか?治長が織部の茶会に呼ばれた時、伊賀ものの水指を持参していたらしいので、もしかしたらその時の水指が、伊賀耳付水指破袋だったのかもしれません。

 追記に、若干治長絡みで下品な話を!(いつものこと過ぎる)







 江戸時代の史料で、三成が秀吉の衆道の相手だった、としているものがあるそうですが、治長verもあるそうな← いやー、フリーダムだな江戸時代。三成はどうだろうなぁと思いますが(秀吉と三成がしゃれこんでる所を清正やら正則辺りに見られたらトラウマ過ぎる)(…) 治長のは個人的にアriげふんごふん。治長が小説でやたらと美形描写されるのは、『明良洪範』でこれでもか!これでもか!と美形だったと記されているせいだと思いますが、実際の所どうだったんでしょうね。『明良洪範』で治長を美形だったとするのは、茶々と密通してたんだぜだから美形だったんだぜ、の形にするためだとどうしても感じてしまうので、受け入れ難いものがあります。なので、別の史料に書いてあるのなら、よろこんで御馳走にしたいものですが!!← いや、その、『明良洪範』にある治長は淫乱であり~的な下りは、別の意味で美味しく頂きましたが(…) 男に淫乱て、使うか、普通。
 高坂ちゃんも信玄と衆道の関係でしたし、利家と信様もそうでしたし、別に治長が秀吉とそういう関係でも構わないと思うんですけどね。秀吉が美少年を閨に連れ込んで「姉か妹はいるか?」と聞いた話はありますが、それはそれで(…) ここはやっぱり、殿下にはレンコンで……おや、誰か来たようだ。

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