何か吐いてみる//
乙式、主に暇人干身がだらだらと萌えに任せて吐き出す場所です。創作戦国について主に吐き出しています。同人、腐要素、注意報常時発令中です。
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2009/08/17 (Mon) 六角



 六角義秀がなんやかんやで気になってきました。『和田文書』に、信様が長政へ宛てた書状が収載されているらしいのですが、その内容が、

 義秀遠行之趣絶言語儀候、承禎帰国者近可有之条、各尤油断
  有之間敷候、武田事若州可相催之間寄特候、委細沢田兵部少
  可申述候、謹言、
     五月十一日  信長(花押)
      浅井備前守殿

 なんだそうな。締めが謹言とは、長政に対して随分フランクですね信様……。
滅茶苦茶意訳しますと「義秀が死んだことに言葉もないです。(六角)承禎の奴が近々帰国しようと企むに違いないから、油断するんじゃないわよ!」な感じでしょうか。
 武田云々の辺りはまったくもって意味が分からないんですけども(…) 若狭武田氏についてのことなのかな。義秀が死没したことで、信様が、ちょwwwwとなったのは良く分かった← 信様に言語を絶させる義秀にときめきをかくせません。何か、すごくぽやぽやしてるイメージがあるんですけれども(…) いや、だって、お花を進上し過ぎです。「かめこ、はなの枝しん上申」を読むたびに、和めば良いのか脱力すれば良いのか。元服しても、典侍の女の人達に幼名の亀寿をもじった「亀」やら「亀子」と呼ばれる義秀にきっと、信様も脱力です← 体も弱かったらしいので、周りが常にはらはらしていたら萌える。ただ、お茶子の伝説に出てくる義秀は嫉妬深い上にキレ方も苛烈なので、ぷっつんいくと怖いよ!な具合だったのでしょうか。そこら辺はきっと六角の血だ(…) 顔立ちが氏綱お兄様に似ていると、個人的に凄く、良いです。定頼様がべろんべろんに甘やかしてるのが理想です。でも、義秀と義弼の二人は、結局仲違いしたまま、義秀が病没してしまったんですよね。義秀が没して、信様が危惧した通り、義賢(承禎)と義弼が近江に入り、長政と接触。長政は義賢・義弼父子に呼応し挙兵する、となるわけでしょうか。『言継卿記』の元亀元年四月二十九日のところに「江州へ六角出張云々、方々放火云々、北郡浅井申合、信長に別心せしむ云々」とあるそうな。つまり、近江へ兵を向けた義賢・義弼父子と申し合わせ、長政が信様から離反したという内容で合ってるのかな。
 色んな小説では、信様上洛→あっさり観音寺城落城(いっそこれすら無かったりする)→以降登場無し、といまいちぱっとしない六角ですが(…) 信長包囲網の一翼として、二万の兵を率いたり、志賀の陣では信様と和睦をしたりしているので、結構重要な位置にいたのではなかろうと。
 そんなこんなで、相変わらず六角にはすはすしてます(…) 実は今、戦国にまったく関係の無い原稿にひいひいしているので、更新に中々手がつけられない状況です。急ぎ原稿を終わらせて、更新に着手する予定なので、御容赦下さい!

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