何か吐いてみる//
乙式、主に暇人干身がだらだらと萌えに任せて吐き出す場所です。創作戦国について主に吐き出しています。同人、腐要素、注意報常時発令中です。
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2009/09/05 (Sat) 興秋の出家


 江戸へ人質に行く興秋が、途中でいきなり出家しちゃったよ!という辺りの顛末を詳しく書いている史料(細川家記だった……かもしれない)(…)をちょっと前に読みました。
 出発前から無茶苦茶嫌がってる興秋に、うわー…ですよ。既に出家フラグびんびんですよ。そんな興秋を説得するように、忠興に頼まれている長岡さんという人がとてつもなく切なかったです。最初、忠興に興秋を説得するように頼まれて「そんな惨いこと、私には出来ません!」と拒否。けれど、忠興に頭まで下げられてしまって(あの忠興が頭を下げた!)仕方無く「三回までは説得しますけど、それでも嫌がられたら私はもう説得しませんからね!」と告げて、興秋の説得を開始します。案外あっさり興秋は江戸へ行くことを了承してくれたので国を出発し、京都まで行った所で興秋、建仁寺に休憩に立ち寄りたいと言い出します。はい、フラグが立ってまいりました。 建仁寺に立ち寄り逗留したわけですが、あんまりにもその逗留が長すぎるとのことで、長岡さんがそろそろ出発しなくちゃまずい、と思い始めた頃、興秋に呼び出されます。呼ばれた部屋へ行ってみると、そこには既に剃髪を済ませた興秋の姿が! 長岡さん、えええええええええです。長岡さん他、供としてついてきた人達も呼び寄せ「今まで世話になった。国へ帰り、忠勤に励んでくれ」と興秋は告げると、そのまま部屋の奥へ立ち去ってしまいます。仕方無く、国へ帰った長岡さんですが、そんな長岡さんを更なる不幸が襲います。ことのあらましを忠興へ報告した時、忠興の機嫌がたまたま悪かったという悲劇…! ぶちキレ忠興の勘気に触れ、長岡さんは父親諸共罰を受けることに。この罰の内容ですが、はい、すっかり中身を忘れました← 切腹はさせられていない、ような、あれ……切腹させられたんでしたっけ。ただでは済まなかったというのだけは、覚えています。
 慶長十年の出来ごとでしたから、1605年ですね。9年間ずっと寺に籠り続け、いきなり大坂に籠城とは、やっぱり溜まりに溜まった鬱屈があったのでしょうか。出家事件を起こした時、興秋は22歳でしたから、まだまだ若いですし。欲しかったのは死に場所か生き場所か、それとも父親への当てつけか。妄想がくすぐられます。
 ちょっと話が飛びますが、幸村とか団右衛門とか、あそこら辺の人達って、死に場所を求めて大坂城へやってきたというよりも、生き場所を求めてやってきたようなイメージがあります。死んだように生きるのなら、目一杯生きてやれ、それで死んだのなら仕方ない。という感じのような。
「生きていれば、死ぬのは当たり前ですよ」
 という科白を、幸村から伊木さんへ言わせたいです。いつか(…) 電波っ子幸村も、たまには真面目なことを言ったりする、はず!← 

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