何か吐いてみる//
乙式、主に暇人干身がだらだらと萌えに任せて吐き出す場所です。創作戦国について主に吐き出しています。同人、腐要素、注意報常時発令中です。
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2009/11/07 (Sat) ドン満綱と頑張れ左門君


 なつさんと話をしていたら、六角満綱、六角持綱、六角時綱、六角久頼の親子が異様に気になってしまいました…!切ねぇ!切ねぇよあの親子!ドン満綱と持綱若頭を、息子であり弟である時綱が自害に追い込んで、細川勝元にプロデュースされた久頼王子が兄である時綱を殺してって、誰かこの連鎖を止めてあげてと言いたくなります。そして時綱の息子である政堯が、幼い政頼卿(久頼王子の息子)を追放して近江守護職につき、今度は政堯が守護職を剥奪され、十六歳になっていた政頼卿が守護職に返り咲き…な出来ごとが続くんですけども。明らかに、幕府の思惑や権力闘争の駆け引きに使われてしまった感があります。しかもその間に、両佐々木(六角と京極)の暗黙のルールを破り、一時期モッチーが近江守護職に就いたりなんやりで、六角のばたばたぶりは半端ありません。
 とにかく、ドン満綱が 大 好 き に なりました。金融界牛耳ってるとかもう、ドン!惚れるわ!京極持高さん(モッチーのお兄さん)との仲の良さにもはぁはぁします。二人揃って出陣なんて…!おまけに、持高兄さんが死没した時期と、ドンが隠居した時期がかぶってるのはもう、色々勘ぐってくれと言っているのだと判断しておk?(…) それにしても、京極も色々大変だったんですね。なつさんに教えてもらうまで知りませんでした。持高兄さんが死没したことで、持高兄さんとモッチーの叔父さんが京極家の当主になるわけですが、当主になってから二年そこそこで足利義教と一緒に赤松さんにウボァアアされてしまうとか。鴨なんて見に行くから!その後にモッチーが家督になったわけですから、結構回りまわってモッチーの所に家督の座がやってきたという感じなんですね。
 とにかく、ドン満綱とその子供たちに悶えています←



 そして話は飛びますが、又兵衛の息子の左門君の立場の微妙さに全俺が戦いた。多分又兵衛が出奔した後だと思うのですけれども、毛利家預かりになっていた左門君へ「大坂城に籠もった父親を説得して徳川方につかせろ」なんて指令が下っていたなんておいちゃん知らなかったよ…!左門君は船で大坂へ送られたわけですが「発狂して海に飛び込まないよう注意しろ」なんて指令が書かれた書状を読んだ瞬間、仰け反りました。左門君!頑張れ左門君!この後一体左門君はどうなったのでしょうか…又兵衛の息子として『長沢聞書』に登場するのが一意君だけなので、どうなってしまったのか分かりません。もう、はわわわわとしか……。

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