何か吐いてみる//
乙式、主に暇人干身がだらだらと萌えに任せて吐き出す場所です。創作戦国について主に吐き出しています。同人、腐要素、注意報常時発令中です。
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2009/11/17 (Tue) フロイスの日本史


 フロイスの『日本史』をはすはすしながら読んでます。何が萌えるって、フロイスの書く殿下の人物像と、殿下の出した私的な文書から伺える人物像のギャップです。完全に秀吉ってば、表の顔と裏の顔使い分けてないかこれ。あと、あまりの殿下の悪逆非道ぶりにラwwwスwwボwwスwwwとしか言えなくなりました← 惚れるわ、本当。どこからどこまでがフロイスの誇張表現で、どこまでが本当のことなのか見極めるのは難しいですけども、少なくともあの悪逆非道行為については、本当に殿下はやらかしてる思う。 あの男なら、あれくらいぽーんとやってのけるはず!信じてる!なんてったってラスボスだもの。ただ、登場する秀次があんまりにも綺麗な秀次すぎて、一体のどこの秀次さんかと思っげふんごふん。禁欲とか、男色を嫌ったとか、謝れフロイス!万作ちゃんに謝れ!
 施薬院という秀吉の侍医が、秀吉のお妾さん(もしかしたら別妻ランクの人かもしれないですが)を斡旋していたというのを読むに、秀吉は実子を諦めていなかったのかもと、ちょっと思いました。江戸時代の話なので、秀吉に該当するか分かりませんが、江戸時代の大名家に仕えるお医者さんは、正室側室関係なく、子供を産める体かどうか調べるのも仕事の内、という話を以前聞きましたので、もしかしたら施薬院さんは子供を産める女の人かどうかを調べてから、秀吉の元へ斡旋していたのかもしれないなぁと。調べられる方はどんな気持かは知りませんが(お前) 無理やり連れてこられた人もいただろうし、秀吉の妾になれば裕福な生活が約束されているに違いありませんから、親に差しだされた人もいたでしょうし、中には自分から志願した人もいたかもしれません。その辺は、想像するしかないような。
 他には、小西お前泣き過ぎ!というのと、右近さんが輝いている!というのと、ちょいちょい名前の出てくる勝永のお父さんにきゅんときた、という具合でしょうか。我らの敵とか言われちゃう吉成さん(勝永のお父さん)萌え。でも、本当に官兵衛が秀吉のことを「極悪人」と陰で呼んでいたらちょっと切ないなぁと。まぁ実際極悪人ですが。どうあがいても否定できない!秀吉が官兵衛を遠ざけるようになったのは、別に官兵衛の智謀を恐れてとかじゃなくて、官兵衛が熱心なキリシタンだったからじゃないかな、とちょっと思ったりもしました。キリスト教の禁じられてる江戸時代の史料で、まさか「黒田家中興の祖である官兵衛孝高は、敬虔なキリシタンだったから秀吉から疎まれたんだよ!」とはさすがに書けないような気がするようなしないような(どっちだよ)
 それから、フロイスがあんまりにも、キリスト教を信仰している女の人の純潔やら貞節やら、一夫一婦制やらを主張しまくっているものですから、龍子さんが可哀そうになってきてしまいました……。キリスト教のそういう見地から見たら、龍子さんの立場そのものが罪なわけで、でもそれは龍子さんにはどうしようもないことなわけで、その教えを母親が信仰して周りに広めているわけで。でも当時の日本の文化から見ると、正妻が複数いることは不思議なことではないんですよね。秀吉の正妻は、ねねと茶々と龍子さんの三人だったようですから(第一夫人、第二夫人、第三夫人的な。当時の史料では、茶々は正妻を意味する言葉で書かれています。御台所とか簾中とか北政所なんてのもあったり) なので、龍子さんが改宗しなかったのは、ここら辺に多少なりとも理由があるのかなぁと。自分の存在そのものを否定するような教えには、さすがに賛同できないような……。
 憎悪しないものはいない、とまで書かれた殿下にはぁはぁしながら、続きを堪能しようと思います←

 

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