何か吐いてみる//
乙式、主に暇人干身がだらだらと萌えに任せて吐き出す場所です。創作戦国について主に吐き出しています。同人、腐要素、注意報常時発令中です。
--/--/-- (--) スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |


2009/12/14 (Mon) 義弼がらみで



 お久しぶりです。生きてます。生きてます
まだどの原稿もひと段落していないのですが、寂しすぎて書きにきました(…) なつさんとお買いものに行きまして、六角が熱い…熱すぎるんだぜ畜生。某佐々木の哲さんの説だと、六角義堯は、義弼とは別の人物ということになっていますが、この義堯に関してはストレートに義弼とイコールだと、書状を読みながら感じました。花押がそっくりですし、義弼に仕えていた家臣の名前がそのまま義堯の書状に出てきますし。ただ、義賢が大本所と呼ぶ人物が存在することも事実です。佐々木の哲さん説だと、その大本所が義堯なんじゃね?とされていましたが、そこら辺はまた色々妄想するしかないのかなぁと←
 義弼=義堯だとすると、足利義昭や吉川元春とも色々絡められるんですよ!義昭に同行して鞆に下向していたらしいことが、元春や毛利の重臣たちへ送った書状から推測出来ます。主に元春を窓口にして、義昭を保護してくれよ!と毛利家に交渉していたようです。元春をチョイスした辺りが何とも言えない。それから、義昭へ味方することに関して謙信に送った書状もあったりして、テンションうなぎ登りです。若かりし頃は三好家と結んで義昭に敵対した義弼が、一体どんな具合で義昭に仕えていたのか非常に気になりますけれども← 義昭に同行して、毛利家や謙信に協力を要請する手紙を送りまくっていたということは、義弼はまだ諦めていなかったんだなぁと。長政の死が、義弼を動かす動力の一つになっていたら、ひどく、滾ります(…)
 ちょこちょこお手紙を読んでみると、信様に攻められて甲賀に逃れた後、手助けをしてくれたり付いてきてくれる家臣もいたようで、ちょっと安心しました。途中参入の黒川さんとか谷垣さんとかな…!誰!誰なの貴方達!主に狛さんという人と、木村筑後守という人がまめまめしく働いてくれていたようです。山中さんも義賢を助けてくれたようで、八十歳の義賢が病の床に就きながら書いた山中さんへの感謝の手紙に、何かもうどうしたら良いのかと。もう命は残り少ないとかいうなよ義賢ぁあああ!

スポンサーサイト

戦国的な | trackback(0) | comment(0) |


<<拍手お返事 | TOP | 更新停滞のお知らせ>>

comment











管理人のみ閲覧OK


trackback

trackback_url
http://nanhaki.blog71.fc2.com/tb.php/570-2b74f96d

| TOP |

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。