何か吐いてみる//
乙式、主に暇人干身がだらだらと萌えに任せて吐き出す場所です。創作戦国について主に吐き出しています。同人、腐要素、注意報常時発令中です。
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2010/02/15 (Mon) 最後に残るのは



 バレンタイン、でしたね!
すみませんバレンタイン?何それ美味しいの状態ですみません何も出来なくてすみません。小西や明石さんのキリシタンんな人達で何か出来たら良かったのですが……ら、来年頑張ります!
 そして、イベントで貰って下さった方々や、通販を利用して下さった方々のお陰様をもちまして「ダウニーレトロスペクション」が残り二冊となりました!有難う御座います!絶対に全部捌くの無理だろ…とか思っていましたので(…) まだ二冊御座いますので、有り難くも御所望して下さる方がおられましたら、お気軽にどうぞ!目指せ譜代本捌ききり!です!布教のために書いた本が一番先に少なくなるのは、凄く嬉しいですね。

 それからですね、部屋を掃除していたら走り書きのメモだけがやたらと見つかって発狂しそうになりました(…) 走り書きするくらになら出典もちゃんと書けー!と、当時の自分の頭をどつきに行きたいです。多分『細川家記』とメモした近くに書いてあるので『細川家記』に書いてあることなのだと思われますが……永翁の通称が藤四郎とかな。良いのか、藤四郎であってるのか。更に、その近くには「毛利勝家の通称は長右衛門?」とまで書いてありました。何故クエスチョンマークをつけたし。竹田永翁は忠興と親戚の間柄なので、通称藤四郎というのが『細川家記』に記載されていたことなら、信用出来る気がします。ただ、ちょ、勝家、ちょ。文面的に勝家のことかもなぁこの長右衛門さん、とでも思ってメモしておいたのでしょうか。恐らく一年前に残したと思われるメモなので、記憶がこれっぽっちも残ってなげふんごふん。
 同じメモに、治長が最後に切腹したと走り書きしてありました。これには一応出典が書いてありまして『春日社司祐範記』に書いてあったことのようです。本当に走り書きで「大野治長が最後に切腹したと記す。また、比類なき覚悟とも」とだけ書いてありました。………もっと真面目に書き映しておきなさいよ!重要なところじゃないのこれ!恐らくこれを書いた人が、落城直後の風聞を書き留めたものだと思われます。実際に治長が最後に自害したかは別として、最後に自害するだろう、と巷の人達に思われてはいたのかもしれません。最後に切腹するということは、首を落としてくれる人がいないということです。腹をかっ割いて長時間生きていた人もいたように、腹を裂いただけでは即死できません。つまり、最後の人は自分の力で死に至る傷を自分につけないといけないわけで……おまけに、秀頼や茶々のこもっていた櫓は炎に包まれていますから(爆破したという説もありますし) 最後の人は火を放った後に自害したのか、それとも、腹を裂いた後に、残った力で火をつけたのか。どちらにせよ、最後まで残る人が一番辛い役目ではないかと思われます。落城直後の混乱の中で書かれた『春日社司祐範』の記載が真実かは分かりませんが、もしも本当に治長が最後の役目だったとしたら、色々妄想してしまうなぁと。秀頼、茶々の介錯をしたと言われる、萩原さん、勝永の介錯をしたのは誰だったんだろう、とかも。

 荻原さんの妄想も着々と進めてます。逸話から伺える性格がでぇらいイケメンなので、そんなイメージで(どんなだ)

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