何か吐いてみる//
乙式、主に暇人干身がだらだらと萌えに任せて吐き出す場所です。創作戦国について主に吐き出しています。同人、腐要素、注意報常時発令中です。
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2008/06/06 (Fri) 頭が膿んだ以下略



八重の埋み火―中編―、やっと更新できまし、た…!所々間違ってる気配がせんでもないんですが← ここ違うんじゃね?等ありましたら、教えて下さると嬉しいです(… 本当に、歴史小説で合戦シーン書いてる人はすごすぎると思いました。難しいんだぜ…合戦シーン……。後編は、糺のターン!になる予定だったりします。はい、多分!いつか、天王寺口真田軍四人組(幸村・遠雄・糺・吉治)の話も書いてみたいなぁ…ていうか、幸村と糺。こそっと、道明寺でも一緒だったりしなかったっけこの二人。あれ?(調べなさいよ) そんでもって、一応八重の埋み火を書く時に参考にしている本を、載せとこうかなぁと。M研文庫から出ている、『真説 大坂の陣』を一番の参考にさせて頂いてます。 本当に、お世話になってますこの本。著者の見解とか混じってるんで、全部まるっと鵜呑みには出来ないですけど、共感できる部分もあったりして(出来ないのも、勿論ありますが) 難波戦記にしか載っていない、幸村の城外出撃策は本当は無かったんじゃないのか?とか、色々と。城外出撃策の有無については、歴史群像シリーズの大坂の陣編にも、そういえば書いてあったなーとか思ったりしましたが。無かった可能性が高いみたいです、当時の状況を見ると。
でもちょっと今は、大坂の役の話書きつつ、ねねと秀秋が気になってたりします。この二人で物凄い頭の膿んだことを、追記にちょいと。


ねねが西軍に肩入れしてたのは、大津城の開城交渉に孝蔵主を派遣してたり、毛利の輝元さんと一緒に戦勝祈願やってたりすることから伺えるんですけど、同時に秀秋を東軍に寝返らせる誘いの書状で、ねねが誘い文句に使われてたりとか一体何が何やら。取り敢えず、ねねが秀秋にとって大きな存在だってのは、誘い文句に使われてるくらいだからわかるんですけど。……物凄い妄想で、秀秋、ねねを人質に脅されてたら萌えるなぁと思ってます(お前 実際は人質に取られてなくても、そんな風に思わせられたとか!(…) いや、だって…そうでもしないと秀秋寝返りの誘い文句にねねが使われてる理由が……ぐるぐる考え始めると答えがさっぱり見えてこないですよコレ……。ただ、ねねが秀秋を可愛がってたっていうのは真実だろうなと。愛情が無くちゃ、関ヶ原の後にお金貸してあげたり、秀秋が死んだ時に追悼文書かせたりはしないと思うんで。関ヶ原の終わった後間もなく、秀秋がねねへ会いに行ったらしいんですけど、その時どんなやりとりがあったのか激しく気になる…。あ、そういえば、秀秋が養子に出される案って、秀頼が生まれる前からあったんですね。その案が秀吉から既に出された後に、秀吉が秀秋のこと自分の隠居領を与えても良いくらいに可愛がってる的な内容が書かれた手紙が出されてるんで、秀秋ちゃんと愛されてたんだなぁと、ちょっと安心。

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