何か吐いてみる//
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2010/04/03 (Sat) 気候と肖像画


『近江源氏太平記』と並行して『湖の国の中世史』という本を読んでます。思わず、ほぁあとなってしまったことが書いてあったので、メモついでに!よく、近江は湖北、湖南、湖西、湖東という区切りをされますが、南と北では気候が違うそうです。滋賀県在住の方は、んなの当たり前だよ!とおっしゃるかもしれませんが、武蔵野国生まれ武蔵国育ちで他県で暮らしたことのさっぱりない私としましては、何だそのきゅんとくる気候!といいますか(…) 湖北は北陸系の気候で、湖南は瀬戸内海系の気候なのだそうです。湖北の場所によっては、青森県並の寒さなところもあるようで。雪深い清水谷とか、想像するだけで風情があり過ぎます。何より、湖北と湖南の雄だった六角と浅井(ちょっと前は京極)の対立を思うと、気候や文化が違うということすら何かもう、暗示的に思えてなりません(勘違いです)


 話は変わりますが、大野治長夫人像について雑華院へお伺いしてみたところ、現在行方不明とのことです……。どうりで、どうりで妙心寺展にも出てこないわけですね!現在の住職さんも目にしたことが無いそうです。正確には、蔵を探せば出てくるだろうけど、蔵を探すのが大変そうなご様子でした。また何か分かれば教えて下さるとのことでしたので、正座しながら待っていようかと思います。
 それにしても、一体どんな経緯で治長夫人の肖像画(恐らく寿像?)が雑華院へ所蔵されるに至ったのかが、気になります。『落穂集』ですと、米村さんが葛葉(治長の娘)の亡骸を焼いたのが妙心寺と書かれていますので、大野家と妙心寺には何か縁があったのかもしれません。

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