何か吐いてみる//
乙式、主に暇人干身がだらだらと萌えに任せて吐き出す場所です。創作戦国について主に吐き出しています。同人、腐要素、注意報常時発令中です。
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2010/04/04 (Sun) 最後の戦い


 天文七年(1538年)の戦いが、大永五年(1525年)を一発目とした定頼様VS亮政の、最後の戦いなんだなぁということを、改めて知りました。ちょっと前に本で読んだ時は六角に興味が無かった頃なので、完全にスルーしていたのですけども、今読み返してみると、えらい たぎる (…) 十三年間お隣さん同士で殺し合い続けてきたのかよお前ら、的な。その四年後に亮政が没することを考えるとなお。
 おまけに、近江全体を巻き込んだ戦いでしたので、近江のオールスター状態です。小谷城周辺だけでなく、高島郡では(恐らく)浅井明政(亮政の婿。久政にとっては義兄にあたる。饗庭局のお父さん)VS高島さんという状況になっていた模様です。この天文七年の戦いで、亮政は定頼様に屈服しました。その後、天文九年に二人連名で本願寺の証如さんへ「朝倉へ道あけろっていう取次、お願いしますよな!」というお手紙を送るに至るのを想像すると……何か、きゅんとします(何で)
 浅井、六角、朝倉の因縁の深さが、大好きです← ここに斎藤が入ると、より一層美味しくなります。

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