何か吐いてみる//
乙式、主に暇人干身がだらだらと萌えに任せて吐き出す場所です。創作戦国について主に吐き出しています。同人、腐要素、注意報常時発令中です。
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2010/04/17 (Sat) 収集結果報告


 お久しぶりです!姿をくらましていてすみません。生きてます!生きてますよ!失踪していた間に、幾つか史料を読むことが出来ました。箇条書きに、ぅぉうぇええ!?となってしまったこと等々を。

・亮政と字がそっくり長政。声出して笑いそうになってしまいました。亮政と長政の字は結構荒々しいのですが、久政はスレンダーな字を書く人でした。長政が敢えて字を亮政に似せようとしていたのなら、少し切なくなってしまいます。初代の影は重すぎるんだぜ…!

・ちゃっかり毛利の援軍に行っている木沢長政。『江濃記』にあった内容です。絶対嘘だろバロスwwww となっていたのですが、定頼様が毛利元就へ、

「去年(天文九年:1540年)城を攻めてきた尼子の軍勢を数度にわたって破ったことは、誠に比類なきことです。そして、大内と相談され、去正月十三日(天文十年:1541年1月13日)にもう一度一戦に及び、自ら手を砕きながら本意を遂げられたこと、木沢左京亮(長政)からの書状で拝見しました。なお、長政(木沢)より説明が行われるでしょう。恐々謹言
 五月八日    定頼
 毛利右馬頭殿(元就)」

 という書状を送っている事実があります。あれ、これ、木沢あっちの方に行ってるんじゃね。下手したら、郡山城の戦いに参戦してるんじゃね…?という危惧を覚えました← もしも本当に木沢が毛利への援軍に行っているのだとしたら、毛利側が木沢長政の存在を抹消したとしか思えなryげふんごふん。おや、誰か来たようだ。

・『細川両家記』に魔法を使っていると書かれた細川政元。いつだって政元は全力投球で生きてます。全力で周囲のHPを削ぎにかかります。

・『江濃記』に記された三管領の面子が畠山在氏、細川晴元、六角定頼だった悲劇。ちょ、し、斯波さん、あれ、ちょ、ま、斯波さぁあああん!!

・『大心院(細川政元の法名)記』に男色という単語が異常発生していた件について。せめてオブラードに包もうぜ。

 とにかく、あの時代はネタの宝庫過ぎて困ります。むしろ、政元がいる時点でネタに事欠くことはなry

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