何か吐いてみる//
乙式、主に暇人干身がだらだらと萌えに任せて吐き出す場所です。創作戦国について主に吐き出しています。同人、腐要素、注意報常時発令中です。
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2010/05/05 (Wed) 小さな恋のメロディry


 ようやっと更新できました!もう昨日の話なのですが(…) 又兵衛と兼相の話です。ちょろっとだけ明石さんも出てきます。書いてて思ったのですけども、うちの又兵衛は押しかけ女房に弱い、ような(例:治長、重成、兼相) 重成と兼相の押しかけパターンが似てしまってアイタタターです。
 又兵衛の介錯をした人は、伝わっている色んな名前の中で「金方」さんという人の名前を使わせて貰いました。多分長沢さんに匹敵するくらいの又兵衛狂い。後藤組を書くなら、長沢さんや一意、古澤さんも考えなくちゃなぁと思うのですが、まだそこまで体力が回復しておりません(…) 又兵衛と明石さんの関係を考える上で、古澤さんは外しては通れないような気がします。明石さんの舅か、もしくは義兄弟という可能性のある人ですから!おまけに、又兵衛の先鋒として戦死とは、色々と慄きます。

 明石さん絡みですと、明石さんの娘(カタリナでしょうか)と、浅井直政との小さな恋のメロディを書いてみたいです← 本当にこの二人は妄想すればするほどニヨニヨできます(…) 浅井直政は茶々の親戚に当たる人です。饗庭さんの姉である海津局さんの息子として伝わっていますが、恐らく海津局さんが嫡母であり、実の母親は別にいたのではないかと思います。実の母親が三好氏であったのならば、後年、御台所である江に憚り、浅井姓を外戚の姓である三好に改めた、というのも納得出来ます。なので、饗庭さんにとっては義理の甥ということになるのでしょうか。また、長秋にとっては義理の従兄弟ということにもなります。直政の没年から計算すると、大坂の役の時には十五歳でした。なので恐らく、大坂の役真っ最中(もしくは講和期間)に明石さんの娘と結婚したという可能性があるわけで……これで萌えずしてどうする← 直政の父親である浅井政高は、夏の陣で戦死しています。また、自害したという話も聞きます。その辺りで妄想すると、直政とカタリナ(明石さんの娘でカタリナ以外の名前が見当たらないので、仮称、ということで御容赦下さい)(…)は茶々や秀頼と一緒に山里曲輪へ籠もったけれど、説得されて海津局さんと一緒に城を出たのかなぁと。手に手をとって逃げる二人の姿を想像すると、ボーイミーツガール!という感じがして、凄く、滾ります。
 しかし、二人の間に生まれた男の子は、幼少より江戸城の大奥で育てられます。直政にとっての嫡母である海津局さんが母親分でした。カタリナは早世、もしくは、棄教せず離縁ということになってしまったのかもしれません。江の侍女として仕えた海津局さんと二人が共にあったとするならば、徳川の保護なしでは生きられない立場ですし……。
 なんにしても、明石さんを義父さんと呼ぶ直政を妄想して、はぁはぁしてしまうのは仕方が無いです(…)

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