何か吐いてみる//
乙式、主に暇人干身がだらだらと萌えに任せて吐き出す場所です。創作戦国について主に吐き出しています。同人、腐要素、注意報常時発令中です。
--/--/-- (--) スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |


2010/06/07 (Mon) 秀吉夫婦



 あれこれ妄想していたら、秀吉×龍子さん夫婦の組み合わせが、大分好きなことに気が付きました。秀ねね夫婦も、秀吉→←茶々な夫婦も、勿論大好きなんですが、秀吉龍子夫婦の組み合わせはなんかこう、ぐっとくるんです…!小説だと、高次の為に仕方なく秀吉の妻として忍従している、という龍子さんをよく見かけるのですけども、なんやかんやで秀吉に愛情を抱いていたら良いなぁと。私の中の龍子さん像が結構アグレッシブな人なので(…) 忍従しているというイメージが無いのも、理由の一つかもしれません。茶々のイメージは菩薩様なんですが、龍子さんのイメージはどういうことか鬼子母神(どうしてそうなった) 国松に秀吉のことを語って聞かせる龍子さんの姿を想像したら、ふぉおお!となってしまいました。いや、でも、龍子さんが国松を育てた可能性が高いということは、国松が処刑される直前に徳川家を弾劾したのは、龍子さんの教育の影きょ…げふんごふん。実際のところどうなの龍子さん。
 秀吉が龍子さんにあてた、独占欲丸出しな手紙が大好きです。「お前が湯にはいると知ったら付いてきたがる連中がたくさんいるんだからな!ああ心配だ!」(超意訳)な感じのお手紙です(…)
 龍子さんは秀吉の正妻達(福田千鶴先生曰く、一夫一婦多妾制は江戸時代からのしきたりで、秀吉の時代は正妻が複数いたら駄目という規則はなかったそうな)の中で序列三位の人ですが、名護屋の陣で正妻序列一位の寧々や、序列二位の茶々の代わりに「妻」としての仕事を果たす姿を想像すると、によっとします。名護屋へ在陣していた諸大名への挨拶やら、諸大名の連れてきた妻妾達のお世話兼管理やらもしていたんだろうなぁと。丁度、寧々が人質として送られてきた大名の奥さんや娘さん達の管理をしていたのと同じような感じで。茶々の懐妊が発覚して、茶々が名護屋を去るまでは、茶々と二人三脚でこなしていたのでしょうけども。


 そういえば、福田千鶴先生の「お摩阿は聚楽第の天守に住んでいて、豊臣家のお金の管理をしてたんじゃ?」という説に納得してしまったので、時々聞く「お摩阿は体が弱く、秀吉のもとに侍ることよりも、前田屋敷にいることが多かった」という話の出典が気になってます。何か知っている方がいらっしゃいましたら、教えて下さると助かります。他力本願ですみません…!

スポンサーサイト

戦国的な | trackback(0) | comment(0) |


<<プチ企画 | TOP | 6/20のイベント>>

comment











管理人のみ閲覧OK


trackback

trackback_url
http://nanhaki.blog71.fc2.com/tb.php/658-ddbe25fd

| TOP |

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。